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Philip の 続・ちょっといい話

イースターの賛美歌

 イースターは、キリストの復活をお祝いする日です。クリスマスには数々の名曲があり、多くの人に知られていますが、イースターのための賛美歌はそれほど多くはありません。それは、イースターが、クリスマスにくらべて大切ではないということではなく、実は、日曜日ごとに行なわれる教会の礼拝が、キリストの復活を祝うものなので、数多くある賛美歌のどれもが、キリストの復活に関係しており、復活そのものを歌った賛美歌があまり多くはないということなのです。クリスチャンが日曜日に礼拝を守るのは、日曜日が休日だからではなく、日曜日がキリストの復活の日だからです。キリストが復活して、私たちの救いを成就してくださった、今も生きて私たちを導いていてくださるということを、心に覚えながら、人々は日曜日の礼拝を守っているのです。

 「イースターの賛美歌は多くはない。」と言いましたが、その数少ない賛美歌の中で、かならずといってよいほどイースターに歌われる賛美歌は「救いの主は」(新聖歌123)でしょう。それは

  救いの主は ハレルヤ
  よみがえり給う ハレルヤ
  勝ちどき上げて ハレルヤ
  御名をたたえよ ハレルヤ

と歌われています。この曲は、14世紀に作られた古いもので、「イースターの賛美」という、そのものズバリの曲名がついています。この曲は1780年に出版された世界最古の賛美歌集『リラ・ダビディカ』の中にあります。しかし、これは、少しも古さを感じさせない曲で、キリストの復活を力強く、またさわやかに歌っています。歌うたびに喜びや希望が湧きあがってきます。

 この歌の作詞はチャールズ・ウェスレー(1707-1788)で、彼は数多くの賛美歌を書き、そのどれもが世界中の人々に愛唱されています。チャールズ・ウェスレーの時代に英国にアイザック・ウォッツ(1707-1788)という大賛美歌作者がいましたが、アイザック・ウォッツが高齢になって作詞をやめた後、チャールズが次々と賛美歌を作り出しました。それでチャールズは「ウォッツが筆を置いた時、彼はウォッツの竪琴を取り上げた。」と言われるようになりました。チャールズは、兄のジョン・ウェスレーと共に英国中を馬にまたがって旅行し、各地で労働者、農民、炭鉱労働者、また「貧民」と呼ばれる人々にも、福音を語り続け、当時、道徳的に退廃していた英国は、ウェスレー兄弟の伝道によって救われたのです。ジョンは主に説教をし、チャールズは主に賛美を歌いました。チャールズの歌は、ジョンの説教と共に、人々の心を動かしました。

 なぜ、チャールズの賛美が人々の心に感動を与えることができたのでしょうか。それは、チャールズ自身が、キリストに感動していたからでした。チャールズは英国国教会の中で育ち、1735年に牧師になりましたが、本当の意味でのキリストとのまじわりを持っていませんでした。しかし、1738年に回心の経験をしてから、彼の人生は全く変わったのです。彼は生きておられるキリストに出会ったのです。「キリストは生きておられる。今も、私たちをその命で生かしてくださる。」この確信から、喜びが、歌がほとばしり出たのです。チャールズは、その回心から一年後に、それを記念して次の歌をつくりました。

  言葉のかぎりに 歌わまほし
  主イエスの栄えと 御恵みとを

  尊き御名をば 伝えまほし
  よろずの国々 四方の民に

  憂いも嘆きも 消え去るなり
  命を与うる 御名を聞けば
          (新聖歌153)

 チャールズ・ウェスレーが、今も人々に歌われるイースターの賛美歌を作ることが出来たのは、彼自身が、彼に新しい命と人生を与えるキリストに出会っていたからです。今年のイースターが、あなたにとってそんな時でありますようにと、祈ります。

(2004年4月)

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