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Philip の 続・ちょっといい話

賢者の贈り物

 イエス・キリストがお生まれになった時、東の国々から博士たちがやって来て、黄金、乳香、没薬などの高価な贈物を、幼子イエスにささげ、ひれ伏して礼拝しました。博士たちは、当時の天文学にも、また歴史や文学にもくわしく、不思議な星の出現が、救い主の誕生の「しるし」であることを悟ったのです。世界中の誰も、ユダヤの国の人々でさえ、救い主の誕生に気づかなかった時に、彼らは、それを知ったのですから、彼らは「賢者」と呼ばれ、彼らのささげた贈物は「賢者の贈物」と呼ばれています。

 O・ヘンリーの書いた短篇「賢者の贈り物」(The Gift of Magi)は、その題名を、聖書に書かれている、この出来事からとっています。聖書の「賢者の贈物」が、キリストの誕生に関係しているように、O・ヘンリーの書いた物語も、1900年代はじめのアメリカで、クリスマスを迎える若い夫婦が交換しあったクリスマス・プレゼントを題材にしています。

 この物語に登場するデラと夫ジムのふたりには、何よりも自慢にしているものがありました。一つはジムの金の時計で、もうーつはデラの髪でした。デラは夫の金の時計につけるプラチナの鎖を買ってあげようとするのですが、何回数えても手持ちのお金は1ドル87セントしかありません。思いあぐねた末、髪を売ったお金で、デラはジムへのプレゼントを買い求めました。

 一方ジムは、デラの長い髮のために、彼女が、長い間憧れていた、ふちに宝石が散りばめられている、とびきり豪華な櫛を買うため、金の時計を手放したのです。デラの買ったプラチナの鎖をつける時計はもうありません。そして、ジムの買った櫛を飾る髪もありません。

 ふたりは、最も賢くない方法で贈り物をしました。しかし、それは、ほんとうの「賢者の贈り物」でした。なぜなら、ふたりとも、お互いに、相手のために、自分の持っている最も良いものを犠牲にしたからです。東方の賢者たちも、救い主のために最善のものをささげました。しかし、クリスマスに、最も素晴しい贈物をしてくださったのは、神ご自身です。神は、ご自分の最愛の御子イエス・キリストを、私たちの救いのため、私たちに与えてくださったからです。

 「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(ヨハネの福音書3章16節)

 あなたは、神からの愛のギフトを、もう受け取りましたか?

(2003年12月)

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