9月1日(土)水道の制限があるので、ボトルウォーターが売り切れているだろうかと思いながら店に寄りましたら、たくさんありました。オイルショックのときは、トイレットペーパーが店頭から消えたり、テレビ番組でバナナがからだにいいということが伝えられると。たちまちバナナが売り切れたりしたことが、日本では、ありました。アメリカではそういう現象はあまりありません。流行に乗るようなこともあまりありません。しかし、日本のサブカルチャーが広まるにつれて、アメリカの若い人が日本的になりつつあるようにも思います。
9月2日(日)礼拝が終わって、メッセージのアップロードをし、それが終わったらすぐ夕礼拝に出かけました。集会が長くなったので、戸締まりをして帰ったときには随分遅くなってしまいました。さすがに疲れました。
9月3日(月)ようやく雨が降りました。夕方、市から給水管の修理が出来、水撒きをしてもよいとの連絡がきましたが、きょうは十分雨が降り、水撒きも必要がありません。貯水池にまとまった雨が降らないと、これから水不足になるかもしれませんので、まだまだ安心はできません。
9月4日(火)ガレージドアが開かなくなったので、きょう修理を頼みました。「このガレージドアは重いね」と言われました。そういえば、前の家のガレージドアは、幅が二倍もあったけれど、とても軽かったのを思い出しました。外側がメタルで、内側は断熱材のようなものだけだったような気がします。この家は古いので、このドアは、中に木が入っているようで、丈夫ですが、ガレージオープナーには負担がかかるのかもしれません。
9月5日(水)ダラス地区は、全米平均にくらべて移民の人たちの雇用が三倍あります。アメリカの移民政策を心配して、メールをくれた日本の人に、そのことを書いた記事を送ってあげました。ひとくちに「アメリカ」といっても、州によって大きな違いがあることに、気がついたとの返事がありました。
9月6日(木)今年は、台風がたくさん発生し、日本を通過しました。世界の気候が大きく変化してきているためでしょう。災害が大きくならないよう、祈っています。
9月7日(金)北海道で大きな地震がありました。大規模な停電があり、発電所の回復には時間がかかりそうです。土砂崩れもあり、大きな被害が出ているようです。このところ、日本列島は大きな災害に見舞われ続けています。
9月8日(土)今週はずうっと雨でした。8月はほとんど雨がなかったので、ありがたいのですが、雨が続くと、とても蒸し暑くなり、テキサスらしからぬ気候です。
9月9日(日)来年のカレンダーがいくつか送られて来ました。日本では、元号が変わるので、来年のカレンダーがまだ印刷されないでいるそうです。元号はその時代を思いうかべるのに便利ですが、年数を計算するときなどは不便です。
9月10日(月)次の日曜日は、月例会があるので、その議事案や12月までの予定表などの準備をしました。こうしたことは、月例会の議長ができるようにと、徐々に手を離していますが、まだまだ手伝わなけれならないことが多いようです。
9月11日(火)牧師の、教会に対するほんらいの仕事は、教会の事務をすることではなく、教会員に教会のあり方を示し、それに向けて教会員を訓練することにあります。しかし、訓練されることを好む人はまれですので、牧師は本来の仕事をしようとすればするほど、困難に直面します。ダラス・カウボーイのヘッドコーチが「コーチの仕事とは選手がいちばんやりたくないことをさせることである」と言いましたが、まさにその通りです。
9月12日(水)祈り会では「テトスへの手紙」を読み、学ぶことにしました。短い手紙で、パウロからテトスへの指示が列挙されていますが、その中にも、パウロとテトスの信頼関係や、神の大きな救いの恵みが描かれていて、決して無味乾燥なものではありません。そうしたこととともに、使徒が教会に与えた指示を知り、守り、行うためにこれを読みたいと思います。
9月13日(木)ラジオでこんな話をききました。使徒パウロが現代に現われて、教会の聖書研究会に来たというのです。パウロは、自分が書いた手紙を、みんなが熱心に読んだり、研究したり、暗唱したりしているのを見て、感動しました。そして、こう聞いたのです。「私の手紙をそんなに熱心に学んでくれてありがとう。ところで、私の書いたことをどの程度実行できましたか?」すると、そこにいた人たちは、「いいえ、この会は、ただ読み、学ぶだけで、実行はいらないのです。」パウロは驚いて言いましたました。「私は、この手紙を実行してもらうために書いたのです。研究するためにではありません!」私たちも同じことをしていませんか。
9月14日(金)雨、雨、雨が続いています。8月は予報では雨でも、晴れになったのですが、今月は予報では晴れでも雨になります。緑はきれいですが、ずいぶん湿っぽくなりました。
9月15日(土)ノースカロライナにハリケーンが来て、被害が出ています。そこに家を持っている人がいて、家の様子を聞こうとしてもなかなか連絡がとれないので、心配しています。フロリダから東はハリケーンの通り道で、毎年被害が出るところです。
9月16日(日)きょうは、別の説教者でしたので、私は通訳にまわりました。礼拝メッセージのウェブページへのアップロードは、私が説教のときしか行っていませんので、きょうはお休みです。毎週メッセージを聞いてくださっている方からは、「大丈夫ですか。病気でもしたのですか」と心配していただいています。
9月17日(月)地域情報紙によると、私たちの市に住む人の平均年齢は37歳で、年収は7万5千ドルだそうです。人口約11万人のうち白人が54%、アジア人とヒスパニック系がそれぞれ16%、アフリカ系が10%、その他が4%だそうです。私は、こうした「ファクトリスト」を見るのが好きで、こうした数字から、いろいろなことを想像します。
9月18日(火)同じ情報紙が今なされている道路工事の工費も載せていました。わが家から教会に行くとき使っている道路の橋のかけかえを含む工費は千3百万ドルとありました。これはすごい大工事です。
9月19日(水)日本から来られた中條儀助先生夫妻とともに日本語牧師祈り会をしました。弁当持参でいっしょに昼食をいただいたあと、先生から奨励をいただき、共に祈りました。こころをひとつにして祈る祈りにおおいに励まされました。
9月20日(木)去年とりつけた雨樋の一部が雨をキャッチしないので、先週修理を頼みましたが、連絡がないので、もういちど電話をしました。電話での対応はとてもよいのですが、なかなか修理にきてくれません。電話では「スケジュールが一杯」といっていましたが、なんとか早くしてほしいと願っています。
9月21日(金)きょうは家内がドクターとデンティストにそれぞれチェックアップの予約があり、私が送っていきました。ドクターはいつも混んでいて待たされるので、コンピュータを持ち込んで仕事をしながら待つことにしたのですが、どういうわけか、きょうはとても空いていて、すぐに終わりました。こんなこともあるのですね。
9月22日(土)しばらくテゼの賛美を聞いていなかったので、ひさしぶりに車にセットしてあるものを聞きました。テゼの賛美はいいですね。車の中でいっしょに歌ってしまいます。
9月23日(日)きょうは入会式がありました。白人の方ですが、日本語で証しを用意してくれました。日本語教会だからといって、日本語が話せることが入会条件では決してありませんが、日本語を話そうと努力してくれていることに感謝しています。日本語を話す人も、もっと英語を使う努力をしなければと思いました。
9月24日(月)きょうの買い物は、トレーダージョーに行きました。こじんまりした店ですが、他にはない珍しいものもあって、私の鋤な店のひとつです。ダラス市内には以前から数件あったのですが、プレーノやノースダラスにもできました。きょうは一番近い、ノースダラス店にいきました。
9月25日(火)長雨になる前に草を刈っておいたのですが、また伸びました。雨のあとは土がやわらくなっていて草を刈りにくいのですが、明日また雨だというので、すこしだけ草刈りをしておきました。
9月26日(水)きょうの祈り会はふたりだけでした。それでも、「テトスへの手紙」を読み、学び続けています。きょうは、「みことばを宣教によってあきらかにされた」(テトス1:3)という部分に心が留まりました。福音宣教は、ユダヤ人には躓き、ギリシャ人には愚かな言葉であったでしょうし、今日の多くの人にとっても同様だと思います。しかし、神の真理は、そうした宣教によってしか明らかにされないのです。
9月27日(木)長い雨がやっと上がりました。長雨で道路工事が中断されていた分だけ、あちらこちらで工事がさかんに行われていました。
9月28日(金)求道者の方など、何人かに家にきていただいていっしょに食事をしました。食後、聖書のことを話しあいました。楽しく、有意義な時を持つことができ、感謝しました。
9月29日(土)日本で、不法滞在状態になっているイランの少年に強制送還の命令が出ましたが、日本語しかできない少年がイランに行っても、たちまち学業に困り、宗教的自由が奪われるとのことです。裁判所は少年にアッピールする権利すら認めないとのことだそうです。日本ではトランプ政権の移民政策をさんざん叩いているようですが、もうすこし、自分の足元をみて、こうした問題を解決してほしいと思いました。
9月30日(日)沖縄の知事選は、台風の通過など、悪条件がありましたが、「オール沖縄」の候補者が当選しました。県民の意志が示されたわけですから、辺野古の問題について政権側がもっと誠意を見せてほしいと思いました。
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