USA Diary

September, 2003

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9月1日(月)今日はレイバー・デー。「勤労感謝の日」というわけでしょうね。なのに、ごみ収集の車が朝早くから来て、ごみを片付けていってくれました。サンクスギヴィングにも、クリスマスにもごみの収集は休みなくやってくれています。ありがたいことです。
9月2日(火)学校が始まって、家を出る時や、家に帰る時が、たまに、通学時間とかさなることがあります。歩いて学校に通っているこどもいますが、たいていは車での送り迎えです。道が混むので、こどもたちが交通整理をします。少しはなれたところでは、ボランティアの方でしょうか、ユニフォームを来て、子どもが道路を横切るのを助けています。こうした人々を見ると、ほんとうにご苦労さまと言いたくなります。
9月3日(水)水曜日のクラスで、聖書の学びが再開されました。新しいテキストのカバーは、黄色にしました。黄色はハッピーな色なのだそうです。聖書を学ぶ人たちがもっとハッピーになるといいですね。
9月4日(木)九月になって、確実に秋の気配が感じられるようになりました。でも、まだ紅葉や落葉は、このあたりでは始まっていません。
9月5日(金)夕方、隣の町まで行きましたが、ちょうど混む時間で、ずいぶん時間がかかってしまいました。サンノゼは不況になって、トラフィックが少しは良くなったと言われるのですが、交通事情は良くなっようには思えません。景気がよくなって、交通事情が良くなる、うまい方法はないでしょうか。
9月6日(土)教会の男性の会が、明日の愛餐会のためにつくった料理を、試食させてもらいました。できたてはやはりおいしいでした。これを、明日までとっておくのですが、一日置くと、味はどう変わるでしょうね。
9月7日(日)水曜日に脳の手術をした人が、もう退院しました。そんなに早く退院していいのかと心配です。教会では、食事を届けたり、こどもの学校の送り迎えをしたり、学校が終わってからこどもをあずかってあげたり、みんなが進んで、お手伝いをしようと動いてくれています。
9月8日(月)夜、ひさしぶりにムービーを見ました。近所のビデオ屋さんで借りてきたのは The Pianist でした。ヒットラーの時代に生き延びたポーランドのピアニストの物語で、たくさんのアカデミー賞をとっている作品です。2時間半の長い映画でしたが、見ごたえのあるものでした。
9月9日(火)今日は、牧師会がありましたが、カープールで行きました。私は乗せてもらったほうです。ここは、金曜日の夜出かけたところに近い場所だったのですが、金曜日の夜の半分以下の時間で行き帰りすることができました。
9月10日(水)州知事選挙の「サンプル票」が届きました。135名の候補者があります。候補者名は、アルファベット順でも、届け出順でもないようです。ランダムに順番を並べ換えたそうです。シュワツネガー氏の投票用紙上の番号は「56」番でした。
9月11日(木)8時46分、テロリストに乗っ取られた飛行機がタワーに突っ込んだ時刻です。グランドゼロでは鐘が鳴り響き、二年前のあの日を記念しました。あれから二年たっても、まだ米国はいやされていません。アメリカの回復と世界の平和を願わずにはおられません。
9月12日(金)以前「9月になって秋らしくなりました」と書きましたが、今日はすごく暑くなりました。夜、神学校での講義があったのですが、教室が暑くて、さすがに疲れました。
9月13日(土)来週、裁判所の陪審員に呼ばれていてます。いちおう、陪審員の免除を申請したのですが、申請は受け付けられず、毎日電話をして予定を確かめなければなりません。予定がなければ行かなくてもいいので、そうなるように願っていますが、いちど陪審員を経験してみるのもおもしろいだろうなとも思いました。リタイアして時間があればのことですが。
9月14日(日)今日は教会ピクニック。英語部対日本語部のソフトボールがありました。日本語部は守備の練習はしたのですが、バッティングの練習はしていなかったので、英語部にかなり点を入れられのですが、最後に逆転勝利をしました。監督さん、ご苦労さまでした。
9月15日(月)ディヴィス知事がシュワツネガー氏が「カリフォルニア」を正しく発音できないと言って馬鹿にしたというので、シュワツネガー氏が「移民全体を馬鹿にした」と言って反撃しました。シュワツネガー氏は20歳ころアメリカに来て、努力して英語を覚えたのですから、ディヴィス知事の言ったことはやはりまずかったですね。
9月16日(火)強い勢力のハリケーンに「イゼベル」という名前がつけられています。イゼベルというのは聖書に出てくる悪女のひとりで、いかにも大きな被害をもたらしそうな名前です。
9月17日(水)このごろ水曜日の聖書研究を休んでいる人がいて、どうしたかを思っていたら、ずっと病気だったそうです。元気になって教会にもどってこられた方もあれば、病気で休む方もあって、教会の集まりの人数はアップダウンしています。
9月18日(木)マイクロソフトのビル・ゲイツ氏が十年連続で、アメリカで一番の金持ちになったそうです。資産総額が460億ドル(5兆2千9百億円)と言います。いったいどこからそんなお金が入ってくるのでしょうね。
9月19日(金)裁判所に知事選挙の延期が訴えられており、間近になってどうなるかと思っています。教会が投票所になるので、選挙委員会に問い合わせましたが、「予定通りにします」という返事が返ってきました。
9月20日(土)知事選挙の案内が郵便で届きました。やはり選挙があるのでしょうね。各候補者の政見が短かく紹介されていましたが、全員のものが載っているわけではありませんでした。シュワツネガー氏は独自の選挙運動をしていて、ここにも政見を載せてはいません。
9月21日(日)先週は、裁判所の陪審員に呼ばれていて、毎日、私の順番がまわってくるかと心配で電話しなければなりませんでした。しかし、ぎりぎりのところで、順番がまわってこず、陪審員のお呼びはありませんでした。ほっとしました。
9月22日(月)今日も、とても暑い日となりました。あまり暑いので、家の中での仕事をしていたのですが、庭のスプリンクラーの修理のため、やはり外での仕事をしなければならなくなりました。こんなに暑いのに、ガス会社から「ヒーターのパイロットランプの点火を申し込んでください」という電話がありました。急に寒くなって、申し込みが集中すると、ガス会社が対応できないからでしょう。今日はとても申し込む気持になれなくて、見送りました。
9月23日(火)「"2001 Black Out, 2003 Gray Out" というバンパースティッカーを見たよ」と、娘が教えてくれました。「2001年のブラックアウトはグレイ・ディヴィス知事の責任で、2003年、彼はリコールだ。」というメッセージです。なかなかうまく言ったものですね。
9月24日(水)昨日、水道のパイプにピンホールが空いていて、そこから水がもれていました。パイプの欠陥だと思うのですが、ハンディマンの方に修理の仕方を教えてもらって、クランプをつかって、パッチを当てました。ガラージ内のパイプで、作業のしやすいところだったのは幸いでした。これが壁の中だったりしたら、大変なことです。月曜日はヤードのスプリンクラーのヘッドを取り換え、近くのホームデポに二度も足を運んだのですが、今日もまたプラミングのコーナーに足を運びました。
9月25日(木)グロッサリーストアに立ち寄りましたら、もうハロウィーンの飾りつけがしてありました。ハロウィーンはアメリカでポピュラーなのは、人間には、美しいものばかりでなく、グロテスクなものを好む不思議な性質があるからなのでしょう。ハロウィーンでちいさい子どもがコスチュームをつけているのを見るのはかわしいのですが、ハロウィーンそのものはどうも好きにはなれません。
9月26日(金)午前中は「白百合会プラス」の集会に、お昼は「ゼロ会」の集会に出ました。先週の「シャロン会」、昨日の「ルツ会」とともに、これで定例の地区集会がすべて、新年度のスタートを切りました。それぞれに、良いスタートだったと思います。ところで「ゼロ会」は、ラマダ・インの会議室を使ったのですが、入口の名前がなんと "ZARO KAI" となっていました。ホテルの人がまちがえたのです。いっそ "ZARU KAI" にしようかという冗談も出ましたが、今日のテーマは「失敗」だったので、この「失敗」も、今日のテーマにふさわしく、良かったかなと思いました。
9月27日(土)今週も、神学校での講義があって、礼拝のための準備が少し遅れましたが、無事に済ませました。礼拝のメッセージは、インターネットで皆さんに聞いていただけるようになっていますし、その原稿もアップロードして読んでもらえるようにしてあります。皆さんに公開できるような立派なものではないのですが、どこに出しても恥ずかしくないように準備したいという気持ちでそうしています。
9月28日(日)英語部の方々がカレーランチを用意してくださいました。テイクアウト用のボックスに入れて、ペーパーバッグまで用意してありました。用意周到で、みんな喜んで食べて帰りました。ごちそうさまでした。
9月29日(月)教会の聖書研究のグループが、ご高齢の方々の慰問に歌を歌いに行きました。みんなに喜んでもらおうと、日本の歌をさまざま用意していきましたが、ちょっと早く終りすぎて、もっといっぱい聞きたかったという声があったそうです。次回は、もっとレパトリーを増やすか、司会で間を持たせるかする必要がありそうです。ともかく、「また来てください」と言ってもらえて良かったと思います。
9月30日(火)このごろずいぶん日が短かくなりました。夜の集会に出かける時、いままで夕日がまぶしかったのですが、このごろは、とっぷり暗くなってしまいました。もう、明日から十月ですからね。
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