USA Diary

August, 2007

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8月1日(水)近くの公園に散歩に行きました。以前、ここに犬の遊び場をつくることについての公聴会の案内があったのを思い出し、その後どうなっただろうかと見にいったら、とても立派な犬の遊び場ができていて、犬と飼い主が大勢いました。人間のための施設より立派に見え、犬もを、まるで「お犬様」扱いしているようでした。今や、ペットも大切な家族の一員ですから、こうした施設も必要なのでしょうね。
8月2日(木)年配の人たちと昼食をともにしていましたら、「ヒロシマ、ナガサキの原爆投下は何日だったでしょうか。」という話題になりました。ヒロシマは8月6日、ナガサキは8月9日です。Steven Okazaki という人が White Light/Black Rain: The Destruction of Hiroshima and Nagasaki という映画を作っています。Amazon.com で DVD を買うことができますので、観てみたいと思っています。
8月3日(金)月曜日からシロアリ駆除をするために、教会にある食べ物や口に入るものを避難させなければなりません。私の部屋にはコーヒーメーカとカップ、ティーバッグや聖餐用のホスティアなどがありますので、それを箱につめて家にもって帰りました。教会の台所のものは、日曜日にみんなで片付けることになっています。
8月4日(土)明日の愛餐会のために、男性の会で食事づくりをしました。今日は人数が少ないと聞いていたので、手伝いに行きました。メニューをつくってくれた人が下ごしらえのしかたを写真でプリントアウトしてくれました。その写真におろしたショウガのチューブがそえてあったので、野菜の切りかたの長さがわかって、これは良いアイデアだと思いました。彼はそれを「1ショウガ・メータ」と呼んでいましたが、我が家にあるショウガのチューブで計ってみましたら、1ショウガ・メータは 14cm(5 1/2 インチ)で、私の手では、親指と人差し指を広げたぐらいでした。
8月5日(日)今日の礼拝メッセージは、ミキサーの設定がおかしかったのか、デジタル録音にはかすかしか入っておらず、テープからデジタル化したため音が悪く、途中途切れている部分も出てしまいましたが、いつもより早く作業が終わりアップロードできましたので、夕食前に家内と散歩に行きました。今年の夏はとても涼しく、散歩をしてもほとんど汗をかきません。人間には過ごしやすい夏ですが、動植物にとってはどうなのでしょうか。ちょっと心配しています。
8月6日(月)午後、出かけたついでに、ローズ・ガーデンに寄ってきました。噴水のまわりにバラが植えられている公園なのですが、時期が悪くあまりきれいではありませんでした。花のきれいなときは人も多いのでしょうが、私が行ったときは、人も多くなく、その誰もがのんびりと過ごしていました。
8月7日(火)昨日から教会の建物にテントをすっぽりかけてガスを注入しシロアリ駆除をしていますので、オフィスに行くことができず、今日は家で仕事をしましたが、午後、調べものをするために図書館に行きました。昨年11月に改築されたたのですが、まだいちども行っていなかったので、この機会にと、調べもののついでに施設を探索してきました。小さな図書館ですが、集会室、学習室、コンピュータの部屋など、様々な施設が整っており、興味深い本もいくつか発見しました。インターネットのワイヤレス接続もできるので、今度はラップトップを持って行ってみようかと思っています。
8月8日(水)教会が使えないので、祈り会も中止となりました。それで、家内といっしょに、他の教会でしているテゼの祈り会に行ってきました。この教会の牧師は、テゼの創始者に薫陶を受けた人で、「ブラザー・ロジェは私の霊的な父です。」と話してくれました。「今度いっしょにテゼに行きませんか。」と誘われましたが、その前に彼から、テゼのことを学んでおきたいと思っています。
8月9日(木)今日はナガサキの日。長崎では、平和公園まで祈りのマーチがあったとか。やはり、平和を願う集まりには祈りはかかせません。長崎の、また日本のクリスチャンたちの平和への祈りが高まり、平和の君であるキリストに届きますように。
8月10日(金)注文してあった「ハレルヤ唱」の CD が届き、楽しんでいます。どれも現代的につくられていますが、神への思いを駆り立ててくれます。日本語でもこういうものがあればと思いましたが、「ハレルヤ」は世界共通語ですから、ハレルヤの部分だけなら、どの言葉でも賛美できるのではと思いました。
8月11日(土)中国では、「11」という数字は人が順序良く並んでいる様子をあらわすので、毎月11日を「整列の日」としているそうです。そういう日があるというのは、列に割り込む人が多いからなのでしょうね。アメリカでは、どこででも列を作って待ちますが、割り込みはほとんどありません。のんびりと自分の番が来るのを待っていて、イライラする人は少ないように思います。
8月12日(日)教会のシロアリ駆除のため退避させてあった食品などを、礼拝後、台所にもどしてくれていましたが、私が手伝うことができることはあまりなかったので、ひとあし先に帰宅しました。いつものように説教をアップロードしましたが、今日は少し余裕があって、新しく届いた本に目を通したりすることができました。
8月13日(月)日本に行った方にお願いして『喜びの旅路』を買ってきてもらいましたので、家内は日本語で読み、私は英語で読みかえしています。ふたりともひとつひとつのことばにとても共感を覚えています。今はふたりだけの「読書会」ですが、いつか、こうした本をもうすこし大勢で読み進められたらと思っています。
8月14日(火)『喜びの旅路』で著者が言いたいことは、クリスチャンがこの時代の文化を無批判に受け入れてそれに巻き込まれてはいけないということだと思います。それは「キリスト教」という「文化」に対しても当てはまることです。「キリスト教界」ばかりでなく、個々の教会にも「文化」がありますが、それが人々をキリストに近づけるよりは遠ざける場合もあるかも知れません。私たちに多くのことを考えさせてくれる本です。
8月15日(水)今日は終戦記念日。いまほど、平和のため祈らなければならない時はないと思います。祈り会では世界の平和のためにとくに祈ることをしなかったことを反省しています。
8月16日(木)スタディ・リーブをいただいて今日から Prayer Retreat に来ています。わが家からわずか10数マイルのところにあるリトリート・センターですが、自然に囲まれた静かな場所で、まるで別世界です。「祈りのリトリート」にふさわしい場所です。この四日間がとても楽しみです。
8月17日(金)リトリート・センターを散策していましたら鹿に出会いました。わりと人に慣れているようで、近づいても逃げませんでした。鹿は見た目はかわいいのですが、人が植えたものはなんでも食べてしまうので、このリトリート・センターにある農園は厳重に金網で囲まれていましたし、中庭に通じる扉にも「鹿が入ってくるので、開けたままにしないように」との注意書きがありました。
8月18日(土)今回のリトリートではスペインの神秘主義者でカルメル会女子修道院の院長であったアビラのテレサを学んでいます。「神秘主義」というと「ミステリアスなもの」という考えが私にはあって、そういうものから少し遠ざかっていたのですが、今回、彼女の著作に直接触れて、「神秘主義」が決して「ミステリアスなもの」でなく、きわめて聖書的、実践的なものであることがよくわかりました。
8月19日(日)アビラのテレサは人間の魂を大きなお城に譬え、そこには七つの住居があると言っています。祈りによって第一の住居に入り、第七の住居に導かれていくと教えています。このリトリートの指導者は、第一から第四までの部分の講義を若い人たちに任せ、彼らはスライドや実物教材を使ってとてもわかりやすく説明してくれました。彼らは、指導者がかつてユース牧師をしていた教会から来た人たちだそうで、何ヶ月もかけて準備にあたったそうです。来年の1月には別の場所で「ヤングアダルトのための祈りのリトリート」を開き、同じプレゼンテーションをする計画があります。若い人たちが祈りの生活に興味をそれを追求しているというのは、なんとも素晴らしいことです。彼らに感謝と励ましのことばをかけてリトリート・センターを後にしました。
8月20日(月)家内が窓につけてあるレースのカーテンを洗濯したいというので、それを取り外したついでに、窓ガラスを拭きました。部屋の外側より、内側のほうがうんと汚れていました。外側は風があたり空気が循環していますが、内側は空気がよどんでいますし、暖房のダクトから出る埃もつくからだと思います。人もまた外側よりも内側が汚れやすく、またそれに気がつかないものだということを、改めて感じました。
8月21日(火)先週のリトリートで、12ステップの講演 CD があったので買ってきました。9月からの礼拝で12ステップに関連した説教をする予定なので、参考にしようと1枚目を聞いてみました。リトリートの主宰者、Dr. Joyce のお母さんのあかしが入っていました。この方は、今回のリトリートの直前に交通事故に遭われました。リトリートで持たれた礼拝のとき、みんなでお母様のために祈りました。
8月22日(水)届いたハレルヤ唱といっしょに8日に届いた Paul Inwood の CD を何度も聞いています。この中に O My People という歌があり、「わたしはおまえをエジプトから導きだし、奴隷から自由へと導いた。なのは、おまえは救い主を十字架に導いた。」などと、切々と歌われています。「わが民よ、わたしはおまえに何をしたのか。どのようにおまえを傷つけたのか。答えよ。」が折り返しになっています。これはミカ6:3-4 から作られた歌で、受難週のためにつくられたもののようです。いくつかメロディがあるようですが、Paul Inwood のものは、いちど歌ったことがあり、とても心に残っています。
8月23日(木)Paul Inwood の CD には Gathering Mass のライブ録音もあり、これもとても気にいっています。ひとつひとつが、聖書と礼拝学にもとづき、しっかりと作られており、とても感動します。こんな賛美を自分たちの教会でもできたらとあこがれを感じました。
8月24日(金)ゼロ会の日程が二度も変更し、今回は三度目の正直ということで、やっと集まりを持つことができました。予定していた人がふたりとも当日になって都合がつかなくなり、すくない人数ですが、充実した内容の集まりになりました。
8月25日(土)「東京キリストの教会はなぜ死んだのか」という論文が手に入り読みました。この教会は今も実際にある教会ですので、くわしい論評は控えたいと思いますが、この特定の教会だけのものとは思えない問題点が、身近なところにあるように思いました。家内にも読んでもらいましたが、家内も、私が「恐い論文だよ。」と言っていたことの意味が分かったようです。
8月26日(日)今年の夏は涼しかったのですが、ふたたび暑さが戻ってきました。このままでは夏は終わらないだろうと思っていましたが、そのとおり、夏の逆襲がはじまりました。
8月27日(月)今週から学校が始まったところもありますが、私の近くの小学校はまだです。9月3日は Labor Day なので、おそらく9月4日から学校がはじまるのだろうと思います。長い夏休みのあと、こどもたちはどんな気持ちで学校に来るのでしょうか。
8月28日(火)払ったはずの水道代が払われていないと、水道会社から連絡がきました。9月4日までに払わないと水を止めるなどというのですが、支払いはオンライン・バンキングで処理しているので、銀行に連絡しました。銀行のステートメントにもはっきりと支払い済みであることが書かれているので、そのことを告げましたが、らちがあきませんでした。私の支払いはすでにキャッシングされていますので、あとは銀行にまかせたいと思っています。今まで、こんなトラブルはなく、今回がはじめてのことでした。
8月29日(水)昨晩ベッドに入ってから腹痛がしました。一晩中痛く、朝になっても収まりませんでしたので、午後、予約をとって病院に行きました。血液検査や CT スキャンをした結果「虫垂炎」の疑いがあるというので、ER に回され、夜中に手術を受けました。といっても、手術台に乗ったらすぐ麻酔が効いて、あとのことは何も覚えていません。
8月30日(木)私が受けた手術は腹腔内視鏡手術で、おなかに穴をあけてそこから空気を送ってふくらませ、別の穴から器具をいれて臓器を切り取るというものでした。おなかを見ると、へそと真下、そして左側に穴が三つあいていて小さなテープがはってありました。虫垂は右側にあるので、左側の穴から器具を入れて処置したと思われます。この左側の傷が一番痛みますが、経過も良いので、今日のお昼には家に返してもらいました。
8月31日(金)お嬢さんが外科医をしている友人から、手術後のアドバイスをいただきました。痛いからといってじっとしていないで、痛み止めを飲んで、できるだけ身体を動かし、肺に十分に酸素を入れたほうが早く良くなるとのことでした。普通の生活に戻るには2週間かかると言われましたが、アドバイスにしたがって、できるだけからだを動かし、深く呼吸をするようにしています。
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