USA Diary

August, 2004

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8月1日(日)教会の音響システムのメインアンプに雑音が入ったため、今日は音響装置なしでメッセージをしました。さいわい、喉の調子が良かったので、無事に終えることができました。何があるかわからないもので、いつも、どんな場合にも備えていなければいけませんね。
8月2日(月)家内はいわゆる "Backyard Bird-watcher" で、特に、ハミングバードの喜びそうな花をせっせと植えて、ハミングバードを観察しています。ハミングバード・フィーダのパッケージに、ハミングバードが何匹もきている写真が載っていますが、家内によれば、あれはウソで、ハミングバードは、二匹いてもかならず、一方を追い出してしまい、決して仲良く花の密をわけあうことないそうです。
8月3日(火)教会の音響システムをチェックに三人もやってきました。でも、「一人分しか料金はもらいませんよ。」ということで安心しました。原因は、照明調節に使っている器具からの雑音でした。電源プラグを 3極から 2極に変換して臨時に対処しました。この照明調整は外して、オン・オフ・スイッチにするので、問題が解決されるかと思います。
8月4日(水)オリンピックがもうすぐはじまるとのことですが、オリンピックの誘致をめぐっていまだに賄賂が行き交っているようで、残念です。オリンピックが本来の目的から離れてきているようで、今年のオリンピックにはあまり興味が持てません。
8月5日(木)教会の電気工事に来てくれている人が、朝 7時ごろから来て仕事をするというので、「いつも、そんなに早くから働いているのか。」と聞いたところ「商店などは、夜中に仕事をしなければならないので、それが終わってから、教会に回るかもしれないからね。僕は一日12時間働いているよ。」とのことでした。すごいですね。
8月6日(金)こんどは音響システムの、自動反転するテープレコーダが自動反転のあと、スピードがあがらず、きちんと録音されていないということがわかりました。そのため、教会のウェブページの音声ファイルをつくれないという事態が起こっています。モータで動くものは、いずれ悪くなります。そろそろ買い替える時期にきているのでしょう。
8月7日(土)ユース・パスターはバケーション中にもかかわらず、スペッシャル・ミニストリーのために働いてくれ、みんなをオークランドまでサーカスに連れていってくれました。私の娘も楽しんで来ました。
8月8日(日)今日の礼拝のピアニストが、教会に来ようとして交通事故に遭いました。だれも怪我がなかったということで、安心しましたが、急遽、かわりの人が必要になり、家内が最初の曲を弾いたのですが、そのあと、日本に行っていたピアニストがちょうど帰ってきたばかりで、代行してくれました。先週に続き、さまざまとハプニングがありますが、そのつど礼拝が守られています。
8月9日(月)バックヤードに、家内がいろんなものを植えるのですが、片っ端からリスが掘り返します。今日は、家内が近くにいるにもかかわらず、リスが掘り返していて、「現行犯だぞ!」と叫びましたが、逃げ足がはやく、「逮捕」にはいたりませんでした。
8月10日(火)夜、窓をあけると虫の声が聞こえてきます。アメリカの虫たちはとても精力的で休みなく鳴き続けます。よく、アメリカ人は「虫の音」を雑音だとしか感じず、風流が分からないと言われますが、これだけやかましく鳴かれたら、風流どころか雑音にしか聞こえないのは当然でしょう。
8月11日(水)娘がピザを食べたいというので、夕食はピザになりました。あらかじめ注文しておいて、教会の帰りにピックアップに行ったのですが、店員さんが、別のお客さんの応対に手間取って、ずいぶん待たされました。「冷めたピザ」はおいしくないので、家に帰ってすぐ食べようとしたら、ピザを食べたいといった娘が、なんとシャワーを取っていました。ここでも待たされて、ちょっと冷めたピザになってしまいましたが、ようやく夕食となりました。ひさしぶりのピザなんですが、以前はもっと厚みがあったように思いました。前よりも高くなったのに、ずいぶん薄くなったなぁと、ちょっと不満でした。
8月12日(木)写真のプリントを取りに行ったら、カウンターに「10分でもどります。」という紙がおいてあって、店員さんがいませんでした。店員さんの戻るのを待っていた他のお客さんと、「いつから10分なんだろうね。」としゃべりながら待っていましたら、やっと戻ってきてくれました。どうやら、外でタバコを吸っていたらしいです。どこの店舗も禁煙ですから、タバコ好きの店員さんなら、「ちょっと一服」もしたいでしょうが、急いでいる私にとっては迷惑な話しです。
8月13日(金)オリンピックの開会式をほんのすこしだけ、テレビで見ました。かっては、開会式のときはもっときちんと行進してきたものですが、今ごろは、以前の閉会式のようにずいぶんカジュアルな行進になりましたね。軍隊式の行進でなくても、もうすこし、きちんとしたほうがいいかなと思ってしまいました。
8月14日(土)今年のオリンピックは、男性選手よりも、女性選手が多いそうで「女性のオリンピック」と言われているそうです。古代オリンピックはもちろん男性だけの世界でしたが、近代オリンピックでも、最初は「女性を見世物にしてはいけない」という理由で、男性だけで競技が行われたそうです。オリンピックだけでなく、アメリカではいろんなところに女性が進出していて、今日は、建築現場で、屋根に登って働いていた若い女性の大工さんを見ました。
8月15日(日)昨日、近所でブロック・ガラージ・セールがありました。このガラージ・セールは、そのブロックに住んでいるチャドさんという23才の重病の青年のために行われたものでした。アメリカは個人主義の社会だと言われますが、決してみんなが好き勝手なことをしているわけではなく、このように助け合うことのできる社会です。こんな風景は日本ではなくなってきているでしょうが、道で合う人、合う人、だれもが「ハイ!」「ハロー!」と言って挨拶をします。個人主義というのは、個人を尊重するという意味であって、自分勝手ということではないのです。
8月16日(月)夕方、以前からお願いしていたダイニングルームのブラインドを取り換えてもらいました。できあいのものがちょうど幅が合いましたので、そのまま使えましたが、長さを調節するのに時間がかかりましたが、あるご夫妻が喜んで奉仕をしてくださいました。
8月17日(火)先週、ファーマーズ・マーケットで新鮮な野菜を買ってきたのですが、今日は、おふたりから、ガーデンでとれた野菜をいただきました。いただく時には重なるものですが、でも、野菜はいくらあっても困ることはありません。おいしく、感謝していただきました。
8月18日(水)オリンピックが盛んですが、家内も私も、体操や飛び込みなど、審査員の主観がはいるような競技はあまり好きではありません。勝ち負けのはっきりした種目のほうが分かりやすいからという理由だけですが…。
8月19日(木)いつものところにヘア・カットに行きました。ふたりいるバーバーのひとりがお昼ごはんを食べていたので、何人分か待たされ、私の前に兄弟ふたりが髮を刈ってもらっていました。お兄ちゃんのほうは、椅子の上に厚い座蒲団をひいてもらいましたが、弟のほうは、まだ背が低いので、椅子の肘掛に板を渡して、その上に座って髮を刈ってもらわなければなりませんでした。この店は、私のこども時代の床屋さんの設備しかなく、椅子もずいぶん旧式で、座席の革もやぶれたままです。髮を刈ってもらっていたのもアジア系のこどもたちで、その風景を見ながら、自分のこども時代のころをなつかしく感じました。
8月20日(金)わがカリフォルニア知事のシュワルツネガー知事が、刑務所内でのウェイトトレーニングを容認する発言をしました。受刑者がウェイトトレーニングで筋力をつけると、看守が危険にされされるという意見もあって、今後どうなるのでしょうか。ともかく、犯罪が増え、刑務所のためにかかる費用がすごくかかっている中、予算的に難しいことだと思います。
8月21日(土)こどもが宿題をしてこなかった言い訳に、「犬が宿題を食べた。」と言うのですが、ドイツで、ペットの犬が、銀行からおろしてきてばかりのお札を食べたという「事件」があったそうです。犬はお札を食べたためお腹をこわして嘔吐していました。そのことを知らない飼い主が、誰かが犬に毒をたべさせ、お金を奪ったのだと勘違いをして警察に届けたのだそうです。やっぱり、お金は、人の目にも、犬の口にも届かないところにおいておくべきですね。
8月22日(日)虫除けの薬を買いに行きましたが、見つけれませんでした。似たようなものがあったのですが、それは、足にかけるスプレーでした。頭痛の薬は棚の上にあって、胃腸薬は真中、フットケアのものは、棚の下の方にありました。なかなかおもしろいレイアウトだと思いました。
8月23日(月)日本で御世話になったM宣教師をお訪ねするためオレゴンに向かいました。家内や私が御世話になった宣教師の方々はほとんどリタイアしておられ、この方も、リタイアして、オレゴンの小さな町で暮らしておられます。およそ 900 マイルの距離があります。日本で言えば、東京から鹿児島ぐらいの距離かと思いますが、車で行くことにしました。私たちの、今までの車の旅行では一番長い距離になります。
8月24日(火)オレゴンでガソリンを入れようとスタンドに寄りました。「セルフ・サービスはどこですか。」と聞きましたら、「ここはオレゴンです。セルフ・サービスはありません。」と言われてしまいました。オレゴンでもセルフ・サービスがまったく無いわけではなく、メンバー制の給油施設ではカードを使って自分でガソリンを入れることができます。一般のスタンドでもセルフ・サービスを導入するようにとの声がオレゴンでも高まっているそうです。
8月25日(水)M宣教師といっしょに祈り会に出かけ、そこで私の救いのあかしをしました。みなさんの励ましになったようでうれしく思いました。私も、そこに出ておられた、その教会の前牧師の祈りにとても励まされました。
8月26日(木)短い滞在を終え、朝、カルフォルニアにむけ出発しました。コロンビア・リバーぞいの道を西に向かいましたが、この道は、かっての西部開拓者たちが通った「オレゴン・トレイル」のひとつで、アメリカの歴史を、少しばかり感じることができました。
8月27日(金)オレゴンからの帰りに、行く時は雨で良く見えなかったマウントシャスタ(標高 14,162 フィート、4,317メートル)がきれいに見えました。シャスタレイクも、深い緑色の水をたたえてとてもきれいでした。オレゴンでは、道が空いており、ドライバーのマナーも良かったのですが、カリフォルニアの都市部に近づくにつれ、車が増え、マナーの悪い運転が目立つようになりました。州が変わればこんなにも変わるのかと、驚きました。
8月28日(土)長い間使っていたカリフォルニア州の道路地図がついに折り目のところから破れてばらばらになってしまいました。今では、フリーウェーに、出口番号がつくようになりましたので、それが載っている新しい道路地図を AAA でもらってこようと思っています。出口番号は、その道路の始点からのマイル数でふってありますので、たとえば、23番から入って 123番で降りる場合、次の出口まであと 100マイルというふうに、距離も計算できてとても便利です。フリーウェーがふたつ以上の州にまたがっている時は、州の境から番号を振り直しますので、州境まであと何マイルというように計算することもできます。1マイル以内にいくつかの出口がある時は 23A, 23B などとなっています。
8月29日(日)オリンピックが無事終わりました。「無事」といっても、今日の男子マラソンでは、先頭を走っていた選手が妨害されましたし、薬物使用の疑いのある選手が金メダルを剥奪されたり、審判のミスがあったりもしました。アメリカ選手もよくがんばりましたが、アメリカでは、日本ほど、オリンピック一色というような雰囲気ではありません。国が大きく、さまざまなバックグラウンドを持った人たちが住んでいるためでしょうか。いわゆる「ブーム」とか「流行」というものがあまりありません。それには個性を大切にするという考え方が影響しているのかもしれません。
8月30日(月)日本では「ブランドもの」に人々が群がると言われていますが、アメリカの若者たちにもその傾向が出てきたようで、ある調査によると、「子供たちが買いものをする時、彼らはブランドにこだわっていると思いますか。」という質問に 30% の親が「はい」と答えています。日本ではどんな数字が出るでしょうね。
8月31日(火)オリンピックも、私のヴァケーションも終わり、今日からオフィスに戻りました。2000年8月31日のダイアリーには「明日からいよいよ教会で仕事をはじめます。」とありました。サンタクララ教会に来て4年たつのですね。四年前もオリンピックだったわけで、オリンピックごとに、四年を数えていけばいいわけ、物忘れのひどい私でも、これなら覚えていられます。
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