USA Diary

June, 2001

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6月1日(金)今朝は納骨式。その後、ご遺族とともに昼食に。招待された場所が私たちの家の近くの Home Town Buffet でした。一度行ってみようかと言っていたところで、結構おいしくいただけました。この方式のレストランでは、小食の人はちょっと損かなと思いますが、好きなものを選ぶことができるのが利点です。ご家族の配慮に感謝して楽しく食事ができました。
6月2日(土)昨日から少し暑さが和らいできました。先月は五月とは思えないほどの暑さで、大変でしたが、教会のオフィスはエアコンが新しく、良く効くのです。私は家で説教の準備などをすることが多いのですが、これから、暑いときは教会でするようにしよう!と思ったほどです。けれども今日はさすがに涼しく、冷房の温度を少し上げなければなりませんでした。コワーカーの英語部牧師は暑がりなので短いシャツを着てきましたが、私は長袖でちょうどいいくらいでした。
6月3日(日)今日は礼拝後すぐ教会総会があり、お昼を頂いてから総会その二をしました。お昼が遅かったので、ちょっと疲れました。夕食は任期を終えるボードメンバーへの感謝と新しく加わってくださる方の歓迎のディナーでした。町の外れの中華料理店でしたが、あまり油濃くなく、しかも結構安く、おいしく楽しく食べることができました。早くも「来年もここにしよう」という声がありました。
6月4日(月)Linux を何とか使えるようになり(このページは Linux で作っています)、Perl を少しばかり習いましたので、ジョークのページ「ちょっと一息」をアクセスするたびに違うジョークが出るように変えてみました。Linux を始めてから cgi や Perl を習うようになり、コンピュータの世界が少し広がったような気がします。
6月5日(火)教会の古いコンピュータを復活させ、コンピュータのない方に使っていただこうと、作業をはじめましたが、あいにく、キーボードやマウスのコネクターの形が違っていて、作業は延期。家に帰ってからジャンクボックスを捜してみることにしました。時代遅れのパーツだって、とっておけば役に立つのです。
6月6日(水)水曜朝の聖書研究会、来週が最後で夏休みに入るのですが、来週は夏休み前の特別な集会で、実質的には今回が最後です。エペソ人への手紙をやってきて、やっと二章まで終りました。今年の教会のキーワードが「深める」なのですが、エペソ人への手紙で、少しは聖書の学びを深めることができたかなと思っています。
6月7日(木)今日の「ルツ会」で信仰を言い表わす方が与えられ、一同で感謝しました。「人は心で信じて義と認められ、口で告白して救われる」と聖書にあるように、キリストを信じる信仰は、口と心が一致する信仰なのです。心で信じてもそれを言い表さないこと、口では立派なことを言っても心では信じていないことを、神は嫌われるのです。
6月8日(金)ベイエリアのテレビ番組「みえますか愛」のホスト、榊原寛先生をゲストにお迎えしての「白百合会」でした。私は、ドライバー役で、サンホゼとヘイワードを往き来しました。行きはスムースだったのですが、先生をお送りしての帰りは事故のためちょっと遅くなりました。インターステート880は事故の名処なのだそうです。
6月9日(土)教会のオフィスが冷房が効いてすずしいので、今日は、昼食後また教会に出かけてメッセージの準備をしました。今週のメッセージは、大きなテーマを限られた時間に話さなければならなかったので、なかなか難産でした。そうです。毎回「産みの苦しみ」をしています。
6月10日(日)今日は、新年度の第一回目の理事会ということもあって、久しぶりに全部出席しました。いつも他のことと重なって、遅くなって出席したり、途中で退席したり、あるいは全く出れなかったりということで、申しわけなく思っていました。これからも、きちんと出席できるようにと願っています。
6月11日(月)今日、オクラホマ連邦ビルを爆破したテモシィ・マクベイが処刑されました。アメリカの処刑のほとんどは薬物注射によるものです。遺族の願いで処刑の情况が回線を通じてテレビモニタに映し出されました。遺族は、死刑反対の声があがることを願ってそうしたそうです。死刑には賛否両論があります。死刑に反対する人は、犯人のひとりを死刑にしたからといって世の中が変わるわけではないし、死刑が犯罪の抑止力になっているわけでもないと言います。しかし、この社会は結果だけでなりたつのでなく、正義によっても成り立っています。正義とあわれみとが融けあう社会、制度は、地上では夢なのでしょうか。
6月12日(火)昨日、教会のメンバーが亡くなられました。もうご高齢で、食事も水分もとれなくなって長くなり、随分弱っていらっしゃいました。日曜日の夕方お訪ねしたのが最後となりました。夜、家内と話したのですが、もし、人がこの罪の世で永遠に生き、絶対に死ねないのなら、それも不幸でしょうね。天の御国で、完全なからだで永遠に生きるのでなければ、ほんとうにはしあわせではないでしょうね。私たちは、この方が、地上の仕事を終え、苦しみから解放されたと思っています。
6月13日(水)朝、いつものように定例集会。朝の聖書研究会は一応夏休になりますが、7月11日から六回「聖書を読む会」があります。これにも出てくださいとのことで、水曜日の午前に関しては私の夏休みもなくなりました。夏の間に秋からのクラスを準備しようと思っていたのですが、どこかで時間を見つけなければいけませんね。
6月14日(木)今日はフラッグ・デーで国旗をかける日です。私も星条旗を買ってあり、ガレージに着けるつもりでいたのですが、ガレージの両脇がレンガになっていてうまく付けられずにいたので、ずっとファミリールームに置いたままになっています。そのうちに工夫してつけたいと思っています。
6月15日(金)お昼はソニー本社でのゼロ会、夜は教会で礼拝委員会。その間に明日、明後日のいろいろな準備がありました。私は英文の Pastor's Report に漫画をのせているのですが、漫画のダウンロードもその「準備」のうちの一つでした。漫画については同労の牧師以外はあまり反応がありませんが、みなさんどう思っておられるでしょうね。
6月16日(土)今週金曜日に亡くなられた方のメモリアル・サービスをしました。予想したよりも多くの方が来てくださり、プログラムを多目に作っておいて良かったでした。サービスの中でハーモニカの演奏がありました。故人も教会のハーモニカ・グループのメンバーだったそうです。ハーモニカの音色は哀愁をおびており、メモリアル・サービスに良く合っていました。
6月17日(日)娘がアイリッシュダンスを見に行きたいというのでインターネットでチケットマスターに入り、申し込もうとしたのですが、接続が悪く、せっかくつながったと思ったら、クレディットカードを取りにいったりしているうちに時間切れになり「入力に時間がかかりすぎているので受けつけません」とのことでした。これはセキュリティやシートを仮に押えておく時間を短くするためなんでしょうね。やっと申し込みが完了しましたが、原物は開催日の2日前までに郵送しますとのことで、なんとなく不安ですね。航空券を買った時も、チケットレスシステムで、もらったのはコード番号だけ。ほんとうにこれで飛行に乗れるの?って感じですね。
6月18日(月)バスルームの床を取り換える工事がはじまりました。昨年入居した時からリノリュームの床にしみが出ており、内側の材木が悪くなっていないかと心配していましたが、案の状でした。工事にとりかかるのが遅かったので夜8時すぎまでかかりました。
6月19日(火)執事会の議長さんが、火曜日に私のオフィスに来てくださり、教会のことをいろいろ話し合うようになりました。もちろん、教会のことは真剣なことなのですが、できるだけ楽しく話し合えるようにと心がけています。火曜日のその後の時間は英語部の牧師たちとのミーティングで、けっこう真剣な話しになることもあります。しかし、主任牧師は結構明るい人で、いつもふたりで冗談を言い合って笑っています。笑い合える仲でないと、物事はうまくいきませんので。
6月20日(水)今日から、朝の聖書研究会は夏休み。おかげで、その前の祈り会は終りの時間をあまり気にしないでゆっくり祈りあうことができました。
6月21日(木)家内のために医者に予約をとろうと電話をしたら、◯◯だったら△キーを押せ、□□だったら△キーを押せというので、さんざん待たされた上、とうとう予約がとれなくて、ナースが後で電話するとのこと。家内が家で待っていたら電話があって、結局来週水曜日になりました。医学は進歩したかもしれませんが、医者に会うのも面倒になりましたね。
6月22日(金)今日は午後に家庭集会、夜は家庭訪問でした。私たちの住んでいるところから20哩も離れていないのに、両方のお宅ともとても涼しかったです。海からの距離や地形などによって随分ちがうものですね。ともかく、今週の暑さは6月としては滅多にない暑さで、異常なもののようです。
6月23日(土)係の姉妹が礼拝プログラムの印刷に来ましたが、機械が動きません。先に使った人が印刷機のマスターのとりつけを間違えていたのです。私は、この種の機械には経験がありますので、サービスマンを呼ぶこと無く直すことができました。もっともウィークエンドにはサービスマンも来てくれませんが。今週は、コンピュータやらなんやら修理の多い週でした。
6月24日(日)今日夕方からサンタクルーズ郊外でマウントハーモン修養会があり、私たちの教会はそこに一番近いので、アメリカの各地の教会からおおぜいのゲストが礼拝に出席してくださいました。昼食の時、修養会講師の先生がたも一緒でしたので、みなさんからそれぞれの教会の紹介をしていただき、マウントハーモン修養会がサンタクララ教会から始まったような感じでした。
6月25日(月)夕方ひさしぶりの雨でした。カリフォルニアは夏が乾期で冬が雨期です。夏には雨らしい雨はほとんど降りません。砂漠性の気候なのですが、そこに水を引いて豊かな農作物を収獲できるようにした先人たちの努力はすごいと思います。
6月26日(火)マウントハーモン修養会にはじめて参加しました。ずっと以前から参加をすすめられていたのですが、以前いたサンディエゴからは遠く、この修養会のあと、私どもの修養会が続くため今まで参加したことがありませんでした。しかし、サンノゼに来たからには、出席しないわけにはいきません。今日は分科会の講師ということでやってきましたが、牧師たちの集まりにも出ることができ、昼食時には英語のプログラムに来ている同じ教団の二世牧師たちと話しあうことができました。家から一時間で行けました。
6月27日(水)今日の夜もマウントハーモン修養会に。教会の定例祈り会がマウントハーモンの夜の集会に合流したのです。サンタクララ教会の婦人たちが、おむすびの差し入れを持って参加しました。日本から来られた方々にはごはんが恋しくなったころでしょうから、みなさん大喜びでした。
6月28日(木)引っ越してもう一年もたとうというのにまだ本のかたづけをしていなくて、合い間を見てはぼちぼちやっています。本棚におさまりきらずどうしようかと困っています。思い切って人にあげてしまうのがいいようですね。本の欲しい方、遊びに来てください。
6月29日(金)バスルームの床の工事もようやく終りました。リノユームからタイルにかわりました。床用のタイルで、すべりにくくなっています。最近はいろいろいい材質のものが出ているようですね。
6月30日(土)明日はゲストスピーカがメッセージをしてくださいますが、来週の火曜日からは夏期修養会なので、今日は7月8日のメッセージの準備をしました。「ヤベツの祈り」について話します。そういえば『ヤベツの祈り』という本がベストセラーになっているのですが、実は私は1988年に「困難を克服する信仰」という一文でヤベツの祈りをとりあげているのです。その時、英語で書いておけば、私の本がベストセラーになったかも??
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