USA Diary

May, 2002

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5月1日(水)USA Diary とタイトルをつけておきながら、あまりアメリカ的な話題に乏しくて、ごめんなさい。教会と家を往き来するだけですので、どうしても、「教会ダイアリー」のようになってしまいます。もう少し余裕ができたら、もっともっとアメリカ的なものを書きたいと思っています。
5月2日(木)今日は「全米祈りの日」。サンホゼの市役所前でさまざまな教会の人々が集まって祈り会を持ちました。私たちの祈り会に「サンノゼ無神論者の会」の数人がプロテストしていましたが、祈り会は順調に進みました。最後に軍、消防、警察の代表の人々がスピーチをしてくれましたが、「私たちも生身の人間です。家族があります。安全が守られるよう、祈ってください。」と訴えておられたのが、印象的でした。
5月3日(金)今日の礼拝委員会で、水曜夜の祈り会を土曜日の朝に移すことがきまりました。夜のドライブが困難になってきていることと、仕事の都合で出られない人が多いことが理由です。週の半ばに集まることにも意義があるので、惜しいような気もしますが、この移動によって、新しい方々が祈り会に加わってくださることを期待しています。
5月4日(土)家で使っているプリンターのトナーもなくなり、教会のプリンターのインクもなくなり、急きょ、朝、インクカートリッジを買ってきて、礼拝プログラムのプリントに間に合わせました。いつもスペアを持っていなければならないのですが、ずっとインクカートリッジを買うチャンスを逃してしまっていました。来週はトナーを買わなくては。
5月5日(日)きょうは、日本では「こどもの日」。教会ではそれにちなんで「こどもの日礼拝」をしました。子どものためのお話、子どもの賛美、献児式、新しい献金方法のお知らせなどなど、盛り沢山のプログラムで、礼拝時間がすこし長くなってしまいました。
5月6日(月)雨が降ったりすると、テレビが良く写らないので、「インストレーション無料」という宣伝に曳かれて、ケーブルを入れることにしました。4月18日に取り付けに来たのですが、引き込み線の具合が悪く、工事のやりなおしに来るということでしたが、工事をする社内で全然連絡ができておらず、こちらから頼んで予約を取りましたが、誰も来ず、何度も電話をして、先週やっと来てもらいました。二度目の人は、私の言うことを信ぜず、あちらこちら検査したあげく、やはり引き込み線が悪いということを納得しました。しかし、一人では工事をできないので、次の週に人をよこすということでした。会社から火曜日に工事に行くという連絡がきたのですが、その日になって水曜日に変更。そして、水曜日もとうとう誰も来ませんでした。それで今日、また電話しましたら、やっと三番目の人が来てくれました。引き込み線をとりかえて、夕方やっとケーブルがつながりました。郵送されてきた請求書にはサービス開始日が4月18日になっているのですが、5月5日までの18日間はケーブルが利用できなかったわけで、この分は払い戻してもらうつもりです。
5月7日(火)エンロンがカリフォルニアの電力を安値で買い、それを十倍ぐらいにして中西部の州に売り、カリフォルニアが電力不足になると、それを買い戻して、カリフォルニアに高額で売っていたというニュースがありました。公共の事業でこういうことをされると、たまったものではありませんね。今年の夏のカリフォルニアの電力はだいじょうぶでしょうか。
5月8日(水)郵便局に行きましたら、配達できなかった荷物を取りにきていた人がいて、カウンターで小包を開け、「ライオンキング」の人形を取りだして、みんなに見せて、郵便局の職員も「カワイイ、カワイイ」を連発していました。このあたりはまだおおらかでいいですね。
5月9日(木)今日の宣教委員会はいままで議長をしてくださった方の最後の委員会。みんなで、彼の四年間の働きを感謝して、委員会を閉じました。次の一年は、議長は委員が持ち回りですることになりましたが、新しく委員会に加わってくださった方が書記を引き受けてくださいましたし、みんなでなんとかやっていけると思います。
5月10日(金)今日やっとプリンターのトナーを入れ換えました。3000ページ用のトナーと6000ページ用のトナーがありましたが、20ドルぐらいの差でしたので、6000ページ用にしました。レーザプリンタのトナーは高いのですが、インクジェットのインクにくらべものにならないほど長持ちします。同じページをインクジェットでプリントしようとしたら、トナーよりインクの方が高くつくでしょうね。
5月11日(土)最近日本から帰ってきた人が「日本では、ここのように晴れた日がなくて…」と言っておられました。確かにカリフォルニアの売り物は青空でしょうね。街路の樹々もますます緑を濃くし、これからカリフォルニアらしい日が続きます。
5月12日(日)きょうは母の日。さすがに今日は、教会も早く終わり、2時ごろ帰る時には、会計の方々だけしかいませんでした。それで夕方、散歩に出ることができたので、ついでに近所のお店に入りましたが、ふだんは混んでいる店なのにとても空いていました。今年はゆったりとした母の日を過ごしました。
5月13日(月)今日は日本の食料品店に買い物に。円安のはずなのですが、物が何でも少しづつ、高くなっています。日本からのニュースで、日本がデフレで物が安くなっていると聞きます。日本に買い物旅行というのもいいかもしれませんね。5月はどういうわけか航空券が安いようです。
5月14日(火)北カリフォルニアの牧師会を当地でしました。牧師会のあと昼食を一緒にするのですが、今日は食事に残る牧師が少なく、四人だけでした。しかし、最近奥様をなくされた引退牧師が昼食に残ってくださり、うれしく思いました。家族を、とくに配偶者を亡くした場合、家にひきこもりがちになりますので、この先生が努力して外に出ようとしておられるのは良いことだと思いました。
5月15日(水)アメリカに来てはじめて耳にした薬は「タイロノール」でした。解熱沈痛剤として良く使われています。SF映画「バック・ツー・ザ・フューチャー」でもその名が出てきますが、日本語の吹替えでは「アスピリン」になっていました。アスピリンは、今から一世紀もの前の薬で、日本人には「アスピリン」のほうがいいだろうということでそうしたのでしょう。このアスピリンに実は、大きな効用があることが分かってきたそうです。このつづきは、また明日。
5月16日(木)アスピリンは、もともと神経痛の治療薬として作られましたが、これが心臓発作を予防することは良く知られています。そればかりが、これが腸や前立腺の癌、不妊治療やアルツハイマーの予防に効くのだそうです。今から百年もの前に作られた古い薬ですが、新しい効用が発見されているというのは興味深いですね。
5月17日(金)会計の仕事というのは、単調な仕事に見えますが、とても大切なものであることは、エンロンなどの事件で良くわかります。どの仕事にも、倫理が求められますが、会計の仕事には高い倫理が求められます。最近、会計基準の翻訳のお手伝いをしてそう感じました。
5月18日(土)今日は教会の年度報告書をつくる日ですが、同時に、この地区の合同婦人会もあって、私は、家内を送ってから、教会にきました。すると、もうほとんど作業は終っていて、私はすることがないので、他の仕事をしました。それでも、このチームの方々に昼食をご馳走になりました。こんなに効率良くきちんとしている教会は、私の知るかぎり、他にはないと思います。早くから良く準備し、とてもてきぱきと仕事を進めてくださった担当の方々にほんとうに感謝します。
5月19日(日)きょうは、ペンテコステ。最初のクリスチャンたちに聖霊がくだり、教会が誕生した日でした。礼拝が終ると、外は雨。今頃雨が降るのはめずらしく、今日のペンテコステにふさわしい恵みの雨、祝福のシャワーでした。
5月20日(月)久しぶりの雨でした。今年の雨期は雨がすくなかっただけに、水不足のカリフォルニアにはとても助かったのですが、あちらこちらで車の事故があり、事故に会われた方々にはお気の毒でした。
5月21日(火)テレビの委員会があって、地元の牧師もメッセージを担当したらということで、来月の録画の時、私がトップバッターで担当することになりました。次回の録画の時は、他の先生方がどなたも都合が悪く、私に回ってきたわけです。さて、どんなお話をしたらいいのか、今から考えておかなくてはなりません。
5月22日(水)ブッシュ大統領をはじめ、主だった人が、9月のテロを予測し、防ぐことができたのではないかと、さかんに言われています。過ぎたことでもきちんとしておくのは悪いことではありませんが、それよりも、アメリカがこれからどこに向かっていくのかを考えるほうがもっと大切かもしれません。
5月23日(木)今日は「ルツ会」。今日は聖書研究がないので、家内に行ってもらって、私はオフィスで仕事をしました。たいへん助かりました。
5月24日(金)家内は「白百合会プラス」に、私は「シャロン会」に。それぞれ家庭集会なのですが、この中から教会に来てくださる方が与えられるよう祈っています。
5月25日(土)きょう、娘の卒業式で、お休みを頂いてサンフランシスコに行ってきました。その中に84歳の卒業生がいて、みんなに紹介されていました。何歳になっても学ぶことができるのですね。見習いたいと思います。卒業生のうち四分の一は外国生まれとか、サンフランシスコらしい卒業式でした。
5月26日(日)明日はメモリアル・デーなので、今日の礼拝はメモリアル・サンデーとして、プロジェクターでスクリーンに昨年一年のあいだに召天された方々の写真を写し、それらの方々を覚えて祈る時を持ちました。礼拝でビデオ・プロジェクターを活用するようになり、とても役立っています。
5月27日(月)今日はメモリアル・デー。各地で式典が行われました。日系コミュニティの式典に参加しました。近くでは、退役軍人の式典があり、少し写真を撮ってきました。来月のダイアリーに載せます。こちらの墓地は、日本の墓地のように湿っぽいところがなく、墓石にバルーンをくくりつけたりして、とても明るく、カラフルです。
5月28日(火)日本ではサッカーのワールドカップで、賑わっているようですが、アメリカではあまりエキサイトしていないようです。大分県の小さな村がカメルーンの選手を受け入れ、国際交流が進んでいるとのニュースはとても良かったですね。"Think globally, act locally." という言葉がありますが、何ごとも、ローカルできめ細かくするのがいいですよね。
5月29日(水)今朝のミーティングに、普段来ていない人が来てくれました。「今日は、仕事が休みなのかな」と思いましたら、「会社が倒産して仕事をなくした」とのこと。ミーティングに来てくれたのはうれしいのですが、仕事をなくされたのは残念です。シリコンバレーの景気の回復はなかなかです。
5月30日(木)世界貿易センターの跡地の処理が当初の計画よりも随分早く片づき、今日、そのセレモニーが行われました。ところで、あのビルディングのデザインをした人は、日本人だったそうですね。お名前は忘れましたが、世界貿易センターの写真集の中に日本の名前がありました。その本は、あの建物のように、縦長の変わった形をしていました。
5月31日(金)教会の英語クラスの終業式がありました。七つのクラスと先生たちのグループがそれぞれ、一年間の学びの成果を披露しました。とても楽しく、その後の食事もとてもおいしくいただきました。
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