USA Diary

March, 2008

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3月1日(土)せっかく買ったネットワーク用の製品ですが、我が家のネットワークにはマッチしないようなので買った店に返品に行きました。ここはわりと簡単に返品に応じてくれるので、良かったのですが、帰りに車のタイヤがほとんどフラットになっているのを見つけました。さいわい、アメリカン・タイヤのお店がすぐ近くにあるので、すぐそこに持って行き、直してもらうことができました。土曜日の閉店間近かでしたが、ギリギリ間に合いました。
3月2日(日)きょうは、疲れが出て、教会から帰ってから昼寝をしてしまいました。いつもの仕事があるので、起き上がってそれを済ませました。
3月3日(月)土曜日に電器店に返品したときのリファンドで MP3 プレーヤーを買いました。この店では現金のリファンドはなく、かわりにバウチャーをくれますので、同じ店で別の製品を買うことになります。いままで持っていたバーゲンの MP3 プレーヤーにいろいろな不都合があったので、ZEN Stone というスピーカーつきのものにしました。私はオーディオ・ブックをよく聞くので、スピーカーつきならコードもじゃまにならずとても便利です。今週から "Ten Prayers God Always Says Yes To" の勉強をしますので、CD で聞いたものを MP3 でもういちど聞き返しています。
3月4日(火)"Ten Prayers God Always Says Yes To" の著者はカソリックのバックグラウンドを持っていますが、この本はプロテスタントのクリスチャンにもまったく違和感はなく、実際、福音派の指導者たちによって運営されている National Day of Prayer もこの本を高く推奨しています。著者がこの本にもとづいた歌をつくっており、それが YouTube に載っていますが、ビデオにヨハネ・パウロ二世もビリーグラハムも出てきます。祈りの世界にカソリックもプロテスタントも無いと私は思っていますので、カソリックのクリスチャンがプロテスタントも視野に入れて本を買いてくださるのはとてもありがたいことです。最近読んだ(実際には「聞いた」のですが)本の中で、私にとって、いちばん良い本でした。
3月5日(水)"Ten Prayers God Always Says Yes To" のスモール・グループ用のワークブックがあるので、著者の朗読 CD を聞いて、それを学びました。今回は序論だけでしたが、英語となると、みなさん、いまひとつピンと来ないようです。私たちは日本語部ですが、せっかくアメリカにいるのですから、英語の本もたまには読んでもいいのではないでしょうか。
3月6日(木)オバマ、クリントンの大統領候補指名争いは一昨日のテキサスでの投票でも決着がつかず、混戦模様です。あまり混戦すると、妙な取引きが行われないかと心配です。アメリカの民主主義がほんとうに民意を反映するものであり、その民意が神のみこころにそって正しく導かれるものであるようにと祈っています。
3月7日(金)お昼どきに英語部牧師とキャンベルのダウンタウンに出かけました。車を置いてしばらく歩きましたが、教会がキャンベルにありながら、めったにそうしたことはなかったので、新しい発見がいろいろありました。車でとおり過ぎるのと、自分の足で歩くのとでは、こんなに違うものかと思いました。
3月8日(土)きょうのリモデル委員会には地元の建築業者が来て、ローカルの業者の利点を話してくれ、参加した人たちはそれなりに納得していたようです。私たちのほうではクラスルームの増設を優先させるのか、それとも礼拝堂の美化を優先させるのか決めなければならないようです。
3月9日(日)ようやく温かくなり、街路樹に緑がもどってきました。教会の行き帰りにいつも通る道は、もう2,000回以上往復しているはずですが、どの日も同じ風景ではありません。一日一日季節に応じて変化していく様子を眺めるのは楽しいものです。
3月10日(月)季節はずれですが、以前買ったムービー "Polar Express" を見ました。アニメ作品ですが、主人公の少年をとおして "BELIEVE"(信じる)というメッセージを伝えているものでした。なかなかよくできたムービーだと思います。
3月11日(火)地区の牧師会があって、いつもと違うところに食べにいこうということで、いさんででかけたのですが、その店は改装工事のため休業していました。それで、またいつものところに戻りました。そのとき、会場の教会の英語部の牧師に車に載せてもらいました。車の中でなにげないことが話題になったのですが、彼が私の話を聞いて、「ずいぶん神学的な話ですね。」と言いました。自分ではそんなつもりはないのですが、そういう口調になるのでしょうか。彼のことばが褒め言葉だったのか、迷惑に思っての言葉だったのかよくわかりませんが、私の頭脳の中に「神学」が渦巻いていることはたしかです。
3月12日(水)"Ten Prayers" の二回目をしました。まだ本が届かないので、CD を耳で聞くだけでは理解しにくいのでしょうか。あまり活発な学びにはなりませんでした。次週は特別な祈り会ですので、その次までには本も届き、活発なディスカションになることを願っています。本が届いたら分担を決めて、みなさんに担当してもらったほうが、主体的になって良いかもしれません。
3月13日(木)インプラントをしてもらった奥歯にいよいよ義歯を入れてもらうことになり、きょう歯科医に行きました。歯の治療でめったに気分が悪くなることはないのですが、このところ身体の調子が良くないので、午後から気分が悪くなり、きょう夜の宣教委員会は休ませてもらいました。
3月14日(金)クラスがあって、事務的な仕事があって、ようやく礼拝のメッセージの準備にとりかかりました。本来の仕事を先にしなければならないのですが、それが後回しになってしまうこともあります。そうならないよう、一層の努力と、身辺整理が必要です。他の牧師がしていないようなことまでいろいろやりすぎているとは思うのですが、私のしていることを必要としている方がいる間は、なんとか続けたいと思っています。
3月15日(土)イラクで、アーチ・ビショップがテロリストに誘拐されていましたが、遺体となって発見されました。テロリストは「病気で亡くなったので葬った。」と発表していますが、アーチ・ビショップが誘拐されるとき、彼とともにいた他の三人は殺害されていますので、きっと手荒な扱いを受けたのでしょう。避難をすすめられていましたが、避難しようにも行くところも、その手たでもない教区のクリスチャンのためにそこに留まった神のしもべの信仰と勇気と愛に敬服します。
3月16日(日)礼拝後「病気の夫を訪ねてほしい。」と頼まれ、用を済ませてから訪問しました。私はいつもオリブ油を持ち歩いていますので、聖書にあるとおり、オリブ・オイルを塗って、神様のいやしを祈りました。私の訪問が少しでも励ましになればうれしく思います。
3月17日(月)今日は、二度も出かけて疲れ、昼寝をしてしまいました。運動不足は良くないので、夕食前に散歩に行きました。春分の日も近いこともあってずいぶん日が長くなりました。具合が悪いと思っていたら、いわゆる「熱の吹き出し」、コールド・ソアが唇に出ました。ちょっと痛みますが、これでいったん出たら、何をつけても直らないといわれていますので、時がたつのを待っています。
3月18日(火)きのう十字架を作るはずだったのですが、できなかったので、きょう教会の帰りに材木を買ってきて、適当な長さに切り、溝をつくって十字架をつくりました。明日の受難週の祈り会で使うためのものです。ずいぶん大きな十字架になってしまいました。3月30日の英語サンデースクールで「観想の祈り」について指導してほしいと言われていますので、そのための小さい十字架も作ってみようかなと思いました。
3月19日(水)今日の夜は、テゼ形式の祈りの礼拝にしました。Paul Inwood の Gathering Mass を使いました。スライドを作るのに時間がかかりましたが、来年のグッドフライデー礼拝のときにそれを使うことができたら、時間をかけたのも無駄にならないかなと思っています。
3月20日(木)今年のレントは、いつも行く近所の教会での「暗闇の礼拝」をふたりの日本語部メンバーのかたと一緒に行くことができたのは収穫でした。英語部のかたにも声をかけたのですが、来てもらえませんでした。あまり保守的でない人たちが新しいものに興味がなく、保守的な私が新しいものを取り入れようとしているのは不思議な現象です。
3月21日(金)ゼロ会で「十字架のステーション」を回ろうということになり、それがある教会に行ったのですが、ちょうどグッドフライデー礼拝をしており、教会には人々が外にあふれており、駐車場もいっぱいでみな苦労をしてやっとステーションにたどりつきました。まだクリスチャンでない人も参加してくれましたが、「十字架のステーション」にとても感銘を受けていました。
3月22日(土)ゆうべのグッドフライデー礼拝は祝福されたときとなりました。ただ、礼拝が終わってからのリフレッシュメントが夕食会のようになってしまいました。個人的には、グッドフライデー礼拝では、拍手はいっさいしないで、礼拝後もリフレッシュメントはなしにして、誰ともことばを交わさず帰るのが良いと思っています。けれども、日系の教会はそういうわけにはいかないようで、どんな集まりであっても、食べ物が中心になってしまいます。「食べる教会」から脱却するのは至難のことのようです。
3月23日(日)きょうはイースターで洗礼式がありました。洗礼槽のお湯が冷めないように、また、誰かが誤ってそこに落ちないように蓋をしておきました。私が朝早く行ってヒータを入れ、洗礼槽を準備した人たちが礼拝前にヒータを切って蓋を開けるように手順を決めてあったのですが、その人たちがそれをすっかり忘れており、礼拝が始まってから蓋を開けるというハプニングがありました。しかし、無事に終わり、ほっとしています。
3月24日(月)私の部屋にもガレージにも古いコンピュータとその部品がごろごろ転がっています。私がコンピュータを組み立てているのを知っている人たちが持って来るのです。それがかなり場所をふさぐようになったので、きょうはそれをかなり整理しました。
3月25日(火)オバマ氏の牧師の政治的な発言が話題を呼んで、クリントン氏がそれに噛みつき、両陣営の中傷合戦がエスカレートしています。民主党支持者の中には中傷合戦に嫌気をさして、自分の推している人物が大統領候補にならかったら、共和党の候補に票を入れるという人も出てきています。政治活動を「紳士的に」というのは無理かもしれませんが、中傷合戦でなく政策論争にもどってもらいたいものです。
3月26日(水)家内が、礼拝前に、希望者と「入門クラス」を持っています。場所がないので、私のオフィスを使っています。場所がないため正式なクラスにできないでいます。きょうは、そのクラスのための教材を作りました。といっても今まで使ったものがもとになっていますので、スクラッチからよりもとても楽に作ることができました。
3月27日(木)3月30日の英語サンデースクールで「観想の祈り」のクラスを受け持つので、会場の正面にかざるものを探しに手芸店に寄りましたら、ちょうど良い十字架の飾りがあったので、それを買ってきました。小さい十字架を作ってみようかと思っていましたが、これでずいぶん手間が省けました。
3月28日(金)英語部のほうから「礼拝プログラムに入れてください。」とチラシを手渡されました。レターサイズのペーパーを半分に切ったものなのですが、それがちょうど半分に切れていなくて、大きさがまちまちでした。私は、それを日本語部のプログラムを印刷してくれる人に渡すとき、「さすが英語部!」と言ってしまいました。言ったとたん、「悪いことを言ってしまった。」と反省しました。口を慎まなければなりませんが、その前にまず心がきよめられなければなりませんね。
3月29日(土)ウォールナッツ教会での「ミッションズ・カンファレンス」に行ってきました。英語部が中心の集会です。英語部の集会の良いところは、時間通りに終わることです。午後2時かっきりに終わり、3時には帰宅できました。これが日本語の集会なら一時間ほど延び、そのうえ終わってからリフレッシュメントが出てさらに一時間をついやし、帰りは5時を過ぎていたことでしょう。ただし、午前中いた人の半数ぐらいの人は昼食を食べたら帰ってしまい、午後の集会には人がとても少なくなりました。これもアメリカ的な現象です。
3月30日(日)英語サンデースクールで Contemplative Prayer のお話をしました。すこし、静かな時を持とうとしましたが、場所が騒がしく、思ったようにはいかず、用意したことの十分の一も伝えることができませんでした。しかし、これによっていかに私たちが騒がしさにとりかこまれ、私たちの心も乱れているかがわかってもらえただけでも意味があったかもしれません。私自身、この祈りの実践をさらに積み重ねて、これをひろめていきたいと思っています。
3月31日(月)教団総会のオンライン登録ページをたのまれて作っていますが、私たちの教会でやったときと今回とでは、いろいろ違うところが多く、プログラムを書き直すのに時間がかかっています。ほんとうは3月中にしあげるつもりでしたが、間に合わず、調整にもう数日必要です。
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