12:23 すると、イエスは彼らに答えられた。「人の子が栄光を受ける時が来ました。
12:24 まことに、まことに、あなたがたに言います。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままです。しかし、死ぬなら、豊かな実を結びます。
さて、イエスは、地上でのご生涯の最後の一週間を、過越の祭が行われていたエルサレムで過ごされました。日曜日にエルサレムに入り、木曜日に弟子たちと最後の晩餐を守るまで、毎日神殿に上って多くの人々を教えました。今朝の箇所の少し前には、ギリシャ人たちがイエスに会いたいと申し出たことが書かれています(20-22節)。それを聞いたイエスは、「人の子が栄光を受ける時が来ました。まことに、まことに、あなたがたに言います。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままです。しかし、死ぬなら、豊かな実を結びます」と言われました。そして、父なる神に「父よ、御名の栄光を現してください」と祈ると、父なる神も「わたしはすでに栄光を現した。わたしは再び栄光を現そう」と言ってお答えになりました(27-28節)。この出来事は火曜日に起こったと思われます。
「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままです。しかし、死ぬなら、豊かな実を結びます。」イエスは、どんな意味でこの言葉を使われたのでしょうか。
一、イエスの死の予告
これは、まず、第一にイエスの死を予告するものです。イエスは弟子たちに何度もご自分の十字架の死を予告してこられました。イエスはエルサレムに向かう前に弟子たちに、すでに、こう言っておられました。「ご覧なさい。わたしたちはエルサレムに上って行きます。人の子は祭司長たちや律法学者たちに引き渡されます。彼らは人の子を死刑に定め、異邦人に引き渡します。嘲り、むちで打ち、十字架につけるためです。しかし、人の子は三日目によみがえります。」(マタイ20:18-19)ところが、弟子たちは、こうした言葉を忘れ、今にもイエスがご自分を王であると宣言し、大きな奇跡を起こして、ユダヤをローマの支配から解放してくださると期待するようになっていました。それでイエスは、もう一度、今度は、「麦が地面に蒔かれて麦の穂が実る」という自然現象を比喩に使って、ご自分の死を予告されたのです。
神は罪を犯したアダムに言われました。「あなたは、顔に汗を流して糧を得、ついにはその大地に帰る。あなたはそこから取られたのだから。あなたは土のちりだから、土のちりに帰るのだ。」(創世記3:19)これは、すべて罪ある者に対する厳粛な宣告です。土から造られた私たちは、遅かれ早かれ、土に帰る運命を持っています。しかし、イエスは、土から造られたお方ではありません。天から来られたお方、罪のない聖い神の御子です。ですから、イエスが、死なれ、葬られ、土に帰ることは、ありえないこと、あってはならないことです。けれども、神は、私たちに永遠の命を与えるために、イエスが麦粒のように地に落ちて死ぬことを計画されたのです。
イエスがご自分を「一粒の麦」と呼ばれたのは、「わたしはいのちのパンです」(ヨハネ6:48)と言われたことと関連があります。パンは「一粒の麦」からつくられるからです。パンができあがるためには、まず、「一粒の麦」が地に落ちなければなりません。イエスは、私たちを生かすいのちのパンとなるために、死んで、葬られました。一粒の麦から麦の穂が生まれますが、パンをつくるには、まず、麦の穂から麦粒を取り出し、それを脱穀して、実ともみがらに分けます。実を臼にかけ、砕いて粉にします。粉に水を加え、何度も練ったあと、かまどで焼いてパンができあがります。パンがつくられるまでに、麦は叩かれ、砕かれ、練られ、焼かれます。これは、イエスが、数多くの反対に遭い、縄で縛られ、頬を叩かれ、鞭で打たれ、十字架を背負わされ、そこに釘付けにされ、人々のさらしものとなった上で死んでいかれたことを暗示しています。
イエスは、過越の晩餐でパンを取り、それを裂いて、弟子たちに与えて言われました。「これは、あなたがたのために与えられる、わたしのからだです。わたしを覚えて、これを行いなさい。」(ルカ22:19)弟子たちは、イエスが命じられたとおり「主の晩餐」を守り、イエスがご自分を「一粒の麦」と呼び、「いのちのパン」と呼ばれたことを思い起こし、主が私たちの救いのために死なれたことを心に刻みました。「これは、あなたがたのために与えられる、わたしのからだです」との部分は、ある訳では “This is my Body, which will be given up for you.” となっていました。“give up” とは、自分のものを何一つ主張せず、すべてを与えるということです。ヨハネ3:16の「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに…」の “give” にも “give up” という意味が含まれています。神は私たちを愛するあまり、最愛の御子さえも “give up” されたのです。御子を “give up” された神の愛、ご自分の命を “give up” されたイエスの恵みを、私たちは決して忘れてはなりません。
二、イエスの栄光の予告
「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままです。しかし、死ぬなら、豊かな実を結びます。」これはイエスがお受けになろうとしている栄光の予告でもありました。「豊かな実を結ぶ」という言葉がそれを示しています。
イエスが、この言葉を口にされたのは、過越の祭に来ていたギリシャ人がイエスに会いたいと申し出たときでした。そのときイエスは、十字架と復活ののちに起こることを見ておられました。それは、イエスが天に帰られたあと、まるでイエスと入れ替わるようにして聖霊が世に来られ、聖霊の力によってイエス・キリストの福音が、ユダヤ、サマリア、そして地の果てまでも宣べ伝えられ、今まで失われていた「異邦人」と呼ばれていた人々が救われるということでした。
このことは、旧約の時代にも預言されてはいましたが、それはイエスの十字架によって成就しました。ギリシャ人は、どんなにまことの神に心を向け、神のことばを受け入れても、やはり、異邦人である限り、そのままでは神に近づくことができませんでした。まず、割礼を受け、ユダヤの事細かな律法を守らなければなりませんでした。神殿に詣でても、「異邦人の庭」までしか入れませんでした。本来のユダヤ人でない者は、そこから先に足を踏み入れることは許されていなかったのです。神の民ユダヤ人と、ギリシャ人に代表される異邦人との間には、人間の手では埋めることのできない大きな溝があり、また、何によっても壊すことができない高い壁がありました。しかし、イエスは、十字架によってそうした壁を壊し、溝を埋めてくださったのです。ユダヤ人も異邦人もお一人の神の一つの民となり、一つの神の家族となるようにしてくださったのです。
イエスはユダヤ人として世に来られましたが、ユダヤの人々のためだけの救い主ではありません。福音は最初ローマの世界に広がり、続いて西欧社会に受け入れられましたが、イエスは西欧人のだけの神でもありません。イエスはすべての人々の神であり、ただ一人の救い主です。イエスはご自分の十字架ののちに、世界中の人々が救われ、お一人の神を、お一人の救い主によってほめたたえる時代が来ることを切実に願われました。それが、イエスにとっての栄光でした。失われた人々の救いがイエスの喜びでした。イエスはその栄光を仰ぎ見、その喜びを思って苦難を耐えられたのです。ヘブル12:2は、こう言っています。「信仰の創始者であり完成者であるイエスから、目を離さないでいなさい。この方は、ご自分の前に置かれた喜びのために、辱めをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されたのです。」イエスは苦難の道を、ただ歯を食いしばって進まれただけではありません。苦難の中でも、常に、その後にやってくる栄光を思い見ておられました。弟子たちに十字架を予告されるときは、いつも、「しかし、人の子は三日目によみがえります」と言われ、復活をも予告されました。
このことは、私たちが苦難の中を通るとき、苦しみだけを見てはいけない。その後にかならず与えられる栄光を見上げることによって、苦難を乗り越えるようにと教えています。
三、弟子たちへの教え
イエスは「一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは一つのままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます」と言われたあと、「自分のいのちを愛する者はそれを失い、この世で自分のいのちを憎む者は、それを保って永遠のいのちに至ります。わたしに仕えるというのなら、その人はわたしについて来なさい。わたしがいるところに、わたしに仕える者もいることになります。わたしに仕えるなら、父はその人を重んじてくださいます」(ヨハネ12:25-26)と言われました。弟子たちに、イエスに従い、仕えるというのなら、イエスとともにいるようにと言われました。イエスとともにいるためには、イエスの歩まれた道をたどらなければなりません。そのためには、弟子たちも「一粒の麦」となって生きる必要があるのです。
イエスは「一粒の麦」となって死なれ、私たちのために永遠のいのちを勝ち取ってくださいました。私たちは「イエスによって生かされる」のです。そして、イエスによって生かされている者は、「イエスのために生きたい」と願うようになります。しかし、どのようにしてイエスのために生きるのでしょうか。「イエスのように生きる」ことによってです。「一粒の麦」となって死なれた主は、私たちにも「一粒の麦」となって生きるようにと願っておられるのです。
明治の時代、荻野吟子(おぎのぎんこ)という人がいました。彼女は、日本ではじめての女性の医師となった人です。それ以前にも女性の医者はいましたが、明治になって医院を開業するのに国家資格が必要になってからはじめて試験に受かり、開業を認められたのが荻野さんでした。彼女は18歳で結婚しましたが、夫から病気をうつされました。病気で苦しむ間、男性の医師からひどい扱いを受けたことから、女性の医師の必要を感じ、19歳のとき医師になる道を選びました。医師を志して15年、34歳になって、やっと東京に産婦人科を開業することができました。しかし、当時は医療保険のない時代で、医者にかかることができる人は限られていましたし、女性の医師は信頼できないなどの偏見もありました。
荻野さんは医師になってから信仰を持ち、40歳のとき牧師となる人と再婚し、北海道にクリスチャンの共同体を作るために働きました。しかし、15年後に夫が病気で亡くなり、その後は東京に戻って開業し、晩年を過ごしました。この荻野さんが、愛した聖書の言葉が「一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは一つのままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます」でした。彼女の人生は、かならずしも恵まれたものではありませんでした。初めての女性医師になるために数々の障壁と戦わなければなりませんでした。北海道でクリスチャンの共同体を作る事業も、そのときには成功しませんでした。彼女は才能豊かな人でしたから、それを自分のために使えば、苦労の少ない人生を送れたかもしれません。しかし、彼女は、自分のあとに続く人たちのために、あえて「一粒の麦」として生きることを選びました。その後、日本でも女性の医師が多く出、「一粒の麦」は文字通り、後に豊かな実を結んだのです。
「一粒の麦」という言葉は、日本では「他の人の幸せのために自分を犠牲にする人」といった意味で使われますが、荻野さんは自分の人生を「犠牲」したのでしょうか。そうではないと思います。それは確かに苦労の多いものだったでしょうが、彼女は、それを神からの使命と考えて、生きがいを感じながら働いたことでしょう。苦しみにまさる喜びと幸いを得、また他の人にも、その喜びや幸いを分け与えました。「一粒の麦となる」ことは決して苦しい思いをするだけのものではありません。苦難のない栄光はありませんが、イエスにあって、栄光のない苦難もないからです。
私たちは、荻野さんのような特別なことはできなくても、それぞれの分に応じて「一粒の麦」となることができます。「イエスのように生きる」といっても、何か一つのパターンがあって、誰もが同じことをしなければならないということではありません。イエスがベタニアに来られたとき、マリアは香油を献げましたが、マルタは台所にいて給仕をしていました。ラザロは人々の中に溶け込んで一緒にいました。三人の兄弟姉妹はそれぞれ違ったしかたでしたが皆イエスのために生き、イエスのように生き、イエスを証ししたのです。私たちも、そのようにイエスのために生きる日々を過ごしたいと思います。
(祈り)
父なる神さま、私たちを「イエスによって生きること」、「イエスのために生きること」、また、「イエスのように生きること」へと招いてくださり、心から感謝します。実際の生活の中でその招きにこたえ、実行できるよう、私たちを助け、導いてください。主イエスのお名前で祈ります。
3/16/2025