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愛のことば ローマの国に、ひとりの修道士がいました。その修道院にはイエスさまの絵をとても上手に描ける人、イエスさまの像を上手に彫ることの出来る人、美しい声で賛美歌を歌うことのできる人、きれいな字で聖書を書き写すことのできる人がいました。しかし、この修道士は、そうしたことが何一つできませんでした。「私は、神さまのために何もできないのだろうか。」と彼はがっかりしました。そんな彼の心に「あなたにできることをしなさい。それを神さまはお望みなのです。」という声が聞こえてきました。「わたしにできることって何でしょうか。」彼は聞き返しましたが、何の答えも聞こえてきませんでした。そこで彼は考えに考えて、こう決心しました。「私は、毎日、人々に『愛のことば』を贈ろう。イエスさまがなさったように、悲しんでいる人、さみしい人に神さまの愛を伝えよう。 彼は毎日、毎日、人々に『愛のことば』を贈り続けました。そして、国中の人々から「愛を伝える人」と呼ばれるようになりました。人々は彼を愛しました。ところが、王さまは彼を憎んで、牢屋に入れてしまいました。牢屋の中からは、人々に『愛のことば』を贈りつづけることはできないと、あきらめていましたら、彼の牢屋に毎日鳩がやってきては、口に加えた、ハートの形をした葉っぱを落していくのです。彼が羽根のペンでそこに『愛のことば』を書くと、鳩はそれをくわえて飛んでいきます。こうして、彼は牢屋の中からも『愛のことば』を贈りつづけたのです。 王さまが死んだので、彼は牢屋から出ることができました。そして、ふたたび、人々に手紙や、花や果物を贈って、『愛のことば』を贈りつづけたのです。彼が死んだ時、人々はたいへん悲しみました。人々は、彼がどんな時も神の愛を伝えつづけたことに感動し、彼への尊敬を表わすために、彼の名前に「聖」(セイント)をつけて呼ぶようになりました。こうして「聖バレンタイン」が生まれたのです。毎年、二月十四日のバレンタインの誕生日が来ると、人々は、バレンタインがしたように、お互いに『愛のことば』を贈りあうようになりました。 私たちも、神さまの愛を知り、互いに愛し合うことを学びましょう。「私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた互いに愛し合うべきです。」(ヨハネの手紙第一、四章十〜十一節) (2004年2月)
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