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足に合わない靴 私の父は、口数の少ない人でしたが、戦争に行った時のことは、楽しそうに話してくれました。戦争を「楽しそうに」というのは、不謹慎かもしれませんが、父が兵役にとられて行った南方は、ほとんど戦闘もなく、日本の兵士と土地の人も仲良くしていたとのことで、悲惨なことは体験しなかったようです。父のアルバムには、馬にまたがった凛々しい姿や、ドラム缶の風呂に入ってのんびりしている様子が写っている写真がたくさんありました。ただ、南方から伝染病はもらってきたようで、戦争から何年もたっているのに、高い熱を出して苦しむこともありました。 父が話してくれたことで印象に残っているのは、「軍隊では、帽子から靴まで全部支給されるが、時には、足に合わない靴がまわってくる時がある。そんな時、上官に『靴が合いません』と言おうものなら『足を靴にあわせろ』と叱られたものだ。」という話しでした。なぜ、私がこの話を覚えているかというと、父の人生が「足を靴に合わせる」ような人生だったからです。父は無事に戦地から帰ってきたものの、居眠り運転のトラックにはねられ、片足を切断しなければなりませんでした。不自由な身体で商売を成功させ、人手にわたっていた地所を買い戻して家を新築しましたが、私の母は、癌のため新築したばかりの家で帰らぬ人となりました。父の人生には、私が牧師になったということを含めて、思い通りにならないことが数多くありました。しかし、父は黙ってそれに耐え、家族のために懸命に働きました。 父の世代と比べ、現代は「忍耐」が忘れられている時代です。少し寒ければすぐ暖房、少し暑ければすぐ冷房をつけます。そのため、体温の調整機能が失われている人が増えていると聞きます。身体ばかりでなく、心も調整機能を失って、すこしでも気に入らないことがあるとすぐに「切れて」しまいます。そして、自分の基準を人におしつけ、相手が自分の理想どおりでないと、その人を拒否したり、批難したりして、健全な人間関係をつくることができないでいます。何でも我慢すれば良いというのではありませんが、忍耐を身につけることをもっと学びたいと思います。聖書は「その忍耐を完全に働かせなさい。そうすれば、あなたがたは、何一つ欠けたところのない、成長を遂げた、完全な者となります。」(ヤコブの手紙一章四節)と教えています。忍耐のない人は精神的には大人にはなれないというのです。神の助けによって忍耐を持つものとなりましょう。 (2003年6月)
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