満ちあふれる恵み

ローマ5:18-21

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5:18 こういうわけで、ちょうど一つの違反によってすべての人が罪に定められたのと同様に、一つの義の行為によってすべての人が義と認められて、いのちを与えられるのです。
5:19 すなわち、ちょうどひとりの人の不従順によって多くの人が罪人とされたのと同様に、ひとりの従順によって多くの人が義人とされるのです。
5:20 律法がはいって来たのは、違反が増し加わるためです。しかし、罪の増し加わるところには、恵みも満ちあふれました。
5:21 それは、罪が死によって支配したように、恵みが、私たちの主イエス・キリストにより、義の賜物によって支配し、永遠のいのちを得させるためなのです。

 礼拝は「祝福」の言葉で締めくくられます。いくつかの聖書の言葉が使われますが、いちばんよく使われるのが「主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがたすべてとともにありますように」(コリント第二13:13)でしょう。三位一体の神の祝福が、「キリストの恵み」、「神の愛」、「聖霊の交わり」の順で語られています。三位一体の神は、普通、「父」、「子」、「聖霊」の順で語られるのに、なぜ「祝福」の宣言では「キリストの恵み」が先になっているのでしょうか。

 それは、「キリストの恵み」があってはじめて、私たちは「神の愛」を受け、「聖霊の交わり」に入ることができるからです。今週から三回に分けて、「キリストの恵み」、「神の愛」、「聖霊の交わり」の三つを学びます。「キリストの恵み」から始めましょう。

 一、旧約時代の恵み

 「恵み」とは、「それを受ける資格のない人に与えられる愛」と定義することができます。神は、正しい人、善良な人、誠実な人、また、何よりも敬虔な人を愛されます。では、何かのことで失敗したら、一度でも過ちを犯したら、不信仰な思いが起こって神を疑ったら、人はたちまち神から見捨てられるのでしょうか。いいえ、神の愛は大きく、その愛を受けるのにふさわしくない者をも愛し、慈しんでくださるお方です。

 神はイスラエルをエジプトの奴隷から救い、彼らをご自分の民となさいましたが、それは、彼らが神の民と呼ばれるのにふさわしかったからではありません。聖書にこう書かれています。「あなたの神、主は、地の面のすべての国々の民のうちから、あなたを選んでご自分の宝の民とされた。主があなたがたを恋い慕って、あなたがたを選ばれたのは、あなたがたがどの民よりも数が多かったからではない。事実、あなたがたは、すべての国々の民のうちで最も数が少なかった。しかし、主があなたがたを愛されたから、また、あなたがたの先祖たちに誓われた誓いを守られたから、主は、力強い御手をもってあなたがたを連れ出し、奴隷の家から、エジプトの王パロの手からあなたを贖い出された。」(申命記7:6-8)神は、あえて、小さく、弱い民を選んで愛されました。イスラエルはエジプトから救われた後、何度も神に逆らいましたが、それでも神は彼らを愛し通されました。それにふさわしくない者をあえて愛してくださる愛、それが「恵み」です。

 エジプトから救い出されたイスラエルはカナンの地に国を作り、王を立てました。その中で最も愛された王はダビデです。ダビデには優れた素質がありましたが、神が彼を将来の王として選ばれた時は、父親エッサイの八人の男の子の末っ子で、父親の羊を飼う者でしかなかったのです。けれども神はダビデだけでなく、その子孫をも代々イスラエルの王とすると約束してくださいました。その言葉を聞いたダビデはこう祈りました。「神、主よ。私がいったい何者であり、私の家が何であるからというので、あなたはここまで私を導いてくださったのですか。神、主よ。この私はあなたの御目には取るに足りない者でしたのに、あなたは、このしもべの家にも、はるか先のことまで告げてくださいました。」(サムエル記第二7:18-19)ダビデは、自分を「取るに足りない者」と言い、そんな自分を顧みてくださった神の恵みに感謝しています。このようにイスラエルも、ダビデも、自分たちが救われ、選ばれたのは神の神の恵みであることを知っていました。

 このように神の恵みを受けたダビデですが、神の前に大きな罪を犯しました。ダビデはのちにその罪の結果を引き受けることとなり、息子のひとりがクーデタを起こし、一時的ですが、王位を追われました。しかし、神の恵みは変わることなく、ダビデの王位は回復し、約束どおり、それはソロモンに引き継がれました。ダビデはそのことによって、いっそう神の恵みをほめたたえる者となりました。詩篇103:8-13にこうあります。「主は、あわれみ深く、情け深い。怒るのにおそく、恵み豊かである。主は、絶えず争ってはおられない。いつまでも、怒ってはおられない。私たちの罪にしたがって私たちを扱うことをせず、私たちの咎にしたがって私たちに報いることもない。天が地上はるかに高いように、御恵みは、主を恐れる者の上に大きい。東が西から遠く離れているように、私たちのそむきの罪を私たちから遠く離される。父がその子をあわれむように、主は、ご自分を恐れる者をあわれまれる。」

 私たちも、救われて神をほめたたえる者となりましたが、それば私たちに何かの功績があったからでしょうか。信仰深かったからでしょうか。真面目に信仰生活をしてきたからでしょうか。そうではありません。ただ、神の恵みのゆえです。私たちもダビデと同じように、神の恵みを感謝し、神をほめたたえたいと思います。

 二、新約時代の恵み

 ダビデ王朝は400年近く続きましたが、ついに、バビロンに滅ぼされてしまい、イスラエルは王を失い、国を失いました。それは神の民の罪のためですが、それでも神は、罪を犯した神の民を見捨てませんでした。ダビデへの約束を忘れず、時が来れば、その罪を赦し、王を与え、神の民を回復すると約束されました。その王がイエス・キリストです。イエス・キリストは、十字架によって罪の赦しを勝ち取り、ご自分を信じるすべての者を神の民としてくださるのです。

 旧約時代には、神の恵みはイスラエルに集中し、多くの預言者たちの言葉によって示されてきましたが、新約時代には、私たちの主であり、王であるお方、イエス・キリストによって示され、すべて信じる者に与えられました。聖書にこうあります。「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。……私たちはみな、この方の満ち満ちた豊かさの中から、恵みの上にさらに恵みを受けたのである。というのは、律法はモーセによって与えられ、恵みとまことはイエス・キリストによって実現したからである。いまだかつて神を見た者はいない。父のふところにおられるひとり子の神が、神を説き明かされたのである。」(ヨハネ1:14-18)この言葉は、神の恵みが人となって地上に来られた、それがイエス・キリストである、イエス・キリストは神の恵みそのものであると言っています。

 きょうの箇所、ローマ5:18-21は、アダム以来、イエス・キリストが来られるまで、罪と死が人類を支配していたが、イエス・キリストが来られ、罪の赦しを勝ち取ってくださってからは、信じる者は恵みの支配に置かれ、永遠のいのちに生かされる者となったと教えています。アダムによって罪とされた人類が、キリストによって義とされる。律法に従えば、死を宣言されるしかない者が、キリストによって永遠のいのちを受ける。これが「恵み」です。新約の時代は恵みが支配する時代です。「主イエス・キリスの恵み」、これは、たった10文字の短い言葉にすぎませんが、ここには、私たちが思う以上の大きな祝福、幸いのすべてが含まれているのです。

 三、私たちに与えられる恵み

 ローマ人への手紙は、使徒パウロが、福音とは何かを系統立てて書いたもので、福音を論理的に説いていますが、決してそれを理論として扱っていません。「私は福音を恥とは思いません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です」(ローマ1:16)とある通り、福音は理論ではなく、私たちを救う力です。福音を聞いて信じる者は、罪の支配から解放され、恵みの支配に移されるのです。パウロが福音を「神の力」と読んだのは、彼自身の体験にもとづいています。

 パウロはイエスとほぼ同じころ、ローマ帝国キリキア州の首都タルソで生まれました。この町はアテネやアレキサンドリアに勝るとも劣らない学問の町で、パウロもこの町でギリシャの哲学やローマの文学などを学んだだろうと思われます。しかし、ユダヤ人の両親から、しかも由緒あるベニヤミン族の血筋に生まれたパウロは、そうした道に進むよりはユダヤの伝統の道を選び、エルサレムに行って、当時最も著名だった律法学者ガマリエルの門下生となり、一にも律法、二にも律法と、律法を学び、守る生活をしました。そして、たちまちパリサイ派の若き指導者となりました。そんなとき、エルサレムにナザレ人イエスに従う一派、教会が生まれました。それはパウロから見れば、律法に逆らう集団で、決して許せないものでした。それで彼は教会の迫害に乗り出したのです。

 聖書にはステパノを死に追いやった人たちが「自分たちの着物をサウロという青年の足もとに置いた」とあります(使徒7:57-58)。これは、パウロがステパノの殉教の責任を自らに引き受けたことを意味します。パウロは、それほどにキリスト者を憎んでいたのです。

 パウロはエルサレムのキリスト者を苦しめるだけでは飽き足らず、エルサレムから北に200マイルもあるダマスコにまで行って、そこにいるキリスト者をも捕まえようとしました。ところが、その途上で、イエスがパウロにご自身を現されました。パウロはイエスの栄光の光に撃たれ、目が見えなくなりました。ダマスコに着いても、三日の間、何も飲まず、食べずに過ごしました。パウロは光に撃たれ死んでしまっても不思議ではありませんでした。ところがイエスは、ダマスコ教会の指導者アナニヤをパウロのもとに遣わしました。アナニヤはパウロを訪ね、イエス・キリストを信じる信仰に導き、彼にバプテスマを授けました。その時、パウロは再び見えるようになり、食事をして元気をとり戻しました。それからのパウロが命がけでキリストに従い、どんなに多くの人々に福音を伝えたかは、聖書に書かれている通りです。パウロはバプテスマを受けたとき、闇から光へ、死からいのちへ、律法の世界から恵みの世界に移されました。パウロの生涯に、キリストの恵みの支配が始まったのです。

 パウロは「私は以前は、神をけがす者、迫害する者、暴力をふるう者でした」(テモテ第一1:13)と言って、正直に自分の罪を認めています。しかし、同時に、受けたキリストの恵みに感謝しています。パウロは「私たちの主の、この恵みは、キリスト・イエスにある信仰と愛とともに、ますます満ちあふれるようになりました」と言っています(同1:14)。キリストの恵みはパウロを罪人(“Sinner”)から聖徒(“Saint”)へと変えました。パウロは自分を「罪人のかしら」だと言いましたが、キリストの恵みはそれを超える恵みだったのです。

 「罪の増し加わるところには、恵みも満ちあふれました。」この言葉は、パウロの実際の体験からの言葉です。私たちも、パウロと同じように、信じてバプテスマを受けたとき、罪の支配から恵みの支配へと移されました。しかし、バプテスマを受けてからはもうどんな罪も犯さなくなるというのではありません。むしろ、信仰を持ち、神の聖さ、正しさが分かれば分かるほど、自分の罪が見えて来るでしょう。「律法がはいって来たのは、違反が増し加わるためです」とあるように、神の言葉は私たちのほんとうの姿を写し出します。しかし、同時に、神の言葉は罪の赦しと解放を告げ知らせてくれます。「しかし、罪の増し加わるところには、恵みも満ちあふれました。」イエス・キリストの恵みが、愛の神への道を開きました。聖霊との交わりに私たちを導いてくれます。罪を赦され、罪からきよめられ、罪によって受けた傷が癒やされていくのです。そして、私たちは「満ちあふれる恵み」を体験するのです。礼拝で祝福の宣言を聞くたびに「主イエス・キリストの恵み」を心に受け入れ、キリストの恵みに信頼して日々の生活を送りたいと思います。

 (祈り)

 父なる神さま、使徒パウロは「神の恵みによって、私は今の私になりました」と言いました。私たちも同じように申し上げます。キリストの恵みがなければ、私たちも、ここにいることばできませんでした。どうぞ、私たちを、さらに、キリストの恵みに頼る者としてください。キリストの恵みに感謝し、そのお名前で祈ります。

7/10/2022