神はわがやぐら

詩篇46:1-11

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46:1 【聖歌隊の指揮者によって女の声のしらべにあわせてうたわせたコラの子の歌】神はわれらの避け所また力である。悩める時のいと近き助けである。
46:2 このゆえに、たとい地は変り、山は海の真中に移るとも、われらは恐れない。
46:3 たといその水は鳴りとどろき、あわだつとも、そのさわぎによって山は震え動くとも、われらは恐れない。〔セラ
46:4 一つの川がある。その流れは神の都を喜ばせ、いと高き者の聖なるすまいを喜ばせる。
46:5 神がその中におられるので、都はゆるがない。神は朝はやく、これを助けられる。
46:6 もろもろの民は騒ぎたち、もろもろの国は揺れ動く、神がその声を出されると地は溶ける。
46:7 万軍の主はわれらと共におられる、ヤコブの神はわれらの避け所である。〔セラ
46:8 来て、主のみわざを見よ、主は驚くべきことを地に行われた。
46:9 主は地のはてまでも戦いをやめさせ、弓を折り、やりを断ち、戦車を火で焼かれる。
46:10 「静まって、わたしこそ神であることを知れ。わたしはもろもろの国民のうちにあがめられ、全地にあがめられる」。
46:11 万軍の主はわれらと共におられる、ヤコブの神はわれらの避け所である。〔セラ

 10月31日は何の日でしょうか。「ハロウィーン」という答えが返ってきましたが、この日は教会にとってハロウィーンよりも大切な日です。ハロウィーンはケルト人の宗教のお祭りで、本来は教会とは関係のないものです。1517年10月31日は、アウグスティヌス会修道士でヴィッテンベルク大学教授のマルチン・ルターが、ヴィッテンベルクの城教会の扉に「贖宥状の効果に関する95箇条の提題」を掲示した日です。そこから宗教改革が起こりました。この場合は「キリスト教」のことであり、それは「ローマ・カトリック教会」の改革のことです。それまでひとつの組織であったローマ・カトリック教会からプロテスタント教会が分かれました。

 一、ハロウィーンの日に

 ルターが10月31日、「ハロウィーン」の日に、「95箇条」を貼りだしたのには理由がありました。翌日11月1日は「諸聖徒の日」(All Saints Day)と言って、殉教者や聖人たち、また、すでに神のみもとに召された人々を記念する日でした。All Saints Day は古い英語で "All Hallows" と呼ばれていました。英語の主の祈りでは、今でも、「御名をあがめさせたまえ」を Hallowed be Thy name と言います。Hallow には「聖なるもとする」という意味があって、そこから All Hallows が All Saints という意味になりました。All Hallows の前日は All Hallows Eve で、これが訛って、Halloween となりました。それはともかく、All Saints Day は教会の大きな祭日で、大勢の人が教会に集まります。それを利用して、「贖宥状」がヴィッテンベルクで大々的に売りだされることになっていました。ルターは、かねてから、「贖宥状」の販売に疑問を持っていましたので、そのことの議論を呼びかけるのにはいちばん良い日だったのです。

 「贖宥状」というのは、ローマの大聖堂を建てなおすための費用を捻出するために作られたもので、これを販売するために、ドミニコ会修道士ヨハン・テッツェルがドイツに派遣されました。このことは、ドイツの人々の目には、豊かで、贅沢な生活をしているローマ教皇が貧しいドイツからお金をむしりとる行為に見え、反感を感じていました。しかし、テッツェルは次のように語りかけて「贖宥状」を売っていました。

さあ、罪を犯した人々、人殺しやどろうぼうのような悪人も、神さまのもとに帰って霊のお薬を頂きなさい。聖ステパノは、石でうたれるために自分を捨てました。聖ラウテンティウスは、焼き殺されるのを承知しました。聖バルトロマイは、皮をはがされました。さてみなさんは自分の魂を救うために、わずかな寄付金を犠牲にしようとは思いませんか。死んで煉獄にあるご両親や親類の人びとは、あなたに助けを求めています。あなたがたはわずかな捧げもので、彼らを救うことができます。さあ、さあ、忘れるな、箱の中でお金がチャリンと音をたてると、すぐに魂は煉獄から飛び出るのですよ。
民衆は、わずかなお金で、罪の赦しが与えられ、煉獄で苦しんでいる肉親も救うことができるなら…という素朴な思いから、それを買い求めていました。

 これに対してルターは「95箇条」でこう言っています。

第1条 わたしたちの主であり師であるイエス・キリストが、悔い改めよ、と言われたとき、彼は信ずる者の全生涯が悔い改めであることを意味したもうたのである。
第21条 したがって、教皇の贖宥によって、人間はすべての罰から放免され、救われると述べるあの贖宥説教者たちは誤っている。
第62条 教会の真の宝は、神の栄光と恵みとの最も聖なる福音である。

 「95箇条」はたちまち書き写され、印刷されました。もとはラテン語で書かれたのですが、12月にはドイツ語に翻訳され、ドイツのいたるところに配布されました。街角、公共の建物、街路樹にまで「95箇条」が貼りだされたと言われています。ルターの友人でミコニウスという歴史学者はこう言っています。

城教会の扉に「95箇条」がはりだされて4、5日もたたないうちに、これは全ドイツにひろまり、4週間たつと全キリスト教界に行きわたった。それはちょうど天使が、全国民にニュースを伝える使者となったかのようであった。

 二、ウォルムスの国会で

 最初は、販売人の口車に乗せられて競って贖宥状を買っていた人々も、ほんとうに罪を赦し、人を救うことができるものが何なのかを考えるようになっていきました。ルターのことを聞いたローマ教皇レオ10世は「酔っ払ったひとりのドイツ人が、95箇条を書いたそうだが、酔いがさめたら考えも変わるだろう」と言って、楽観していましたが、やがて見過ごしにできないと知ると、教皇庁はルターの説得にかかりました。これに対してルターは自分の信仰の立場を表明するために「善きわざについての説教」、「ドイツ貴族に与える書」、「教会のバビロン虜囚」、「キリスト者の自由」などの著作を次々に書きました。「キリスト者の自由」は教皇レオ10世に献呈されたもので、この時点ではルターは、ローマ教会を出て新しい教会を作るつもりはありませんでした。しかし、ルターが教皇の権威の絶対性を否定するに及んで、教皇庁はルターを破門することにしました。1520年10月10日、ルターのもとに届けられた破門勅書には、60日以内に自説を撤回するのでなければ異端者として裁判にかけるとありました。ルターは自説を曲げることをしなかったため、1521年1月3日、ローマ教会から正式に破門されました。いつ逮捕され、ローマに連れていかれ、異端審問を受けても不思議ではありませんでした。

 そんなとき、ドイツ皇帝カールからの親書がルターに届きました。それには「あなたの教えと著書について説明を聞きたいので、ウォルムスの国会に来るように。途中の旅行の安全を保証する」とありました。4月16日、ルターはウォルムスに到着し、翌日の午後4時ごろ、国会に出頭を命じられ、ローマ教会の法務官、エックから審問を受けました。エックは、積み上げられたルターの著作をさして「ここにある書物は、あなたが書いたものですか」と聞きました。そして「この中には、多くのあやまった内容がふくまれています。もしあなたが書いたものなら,あなたにはこれを取り消す意志がありますか」と迫りました。ルターはそれに対して「わたしにそれを考える時間を与えてください」と答えました。皇帝は、ルターの願いに答えて、明日までの猶予を与えました。

 あくる日、4月18日、ルターは再び国会に召喚されました。二日目の審問が始まったのは、午後4時すぎでした。夕闇がせまり、室内にはかがり火が燃えて、人々の顔を赤く照らしていました。法務官エックはきのうの質問を繰り返しました。「あなたが認めたこの書物のすべてを弁護しますか。それともその中のあるものは取り消しますか。」ルターは皇帝の前で一礼すると、はっきりとした力強い声で答えました。ルターは自分の著作を三つに分類して、こう言いました。「第一のものは、単純に福音の真理をのべたもので、ローマ教会も同じように信じているものですから、取り消す必要はありません。第二のものは、キリスト者の良心を苦しめ、ドイツ国家の財産を脅かす有害なものに反対しているものですから、これを取り消すなら、自分は害悪や暴虐の扇動者になってしまいます。第三のものは、この暴虐を弁護したり、承認したりして、敬虔な教えを絶滅させようとする人々に反対して書いたもので、すこし厳しすぎたことは認めますが、それでも取り消すことはできません。」ルターの言葉に驚いた皇帝や顧問たちはエックとも再三協議し、ルターにこう言い渡しました。「これは討論ではないのだから、ただ取り消せば良いのだ。取り消すのか、取り消さないのか。」ルターは、最後の決断を迫られたとき、「聖書の証言によってか、あるいは明白な論証によって反論されるのでないかぎり、わたしの良心は、わたしの著作に引用されている聖書のことばに拘束されなければなりません。…ですから何も取り消すことはできませんし、取り消そうとも思いません。良心に反する行為は安全ではなく、危険だからです」と答えました。この言葉に議場は一瞬ざわつきましたが、ルターは最後にこう祈りました。「わたしはここに立つています。わたしはこれ以外にはなにもできません。神よ、わたしを助けてください。アーメン。」

 三、新しい賛美

 ウォルムスの国会の後、ルターはフリードリヒ大公によって匿われ、ヴァルトブルクの城でしばらく過ごしました。ルターはこの期間新約聖書の翻訳に力を注ぎ、わずか三ヶ月でそれを完成させています。ところが、ヴィッテンベルクではルターの同僚であったカールシュタットが過激な行動に走り、教会堂が破壊されたり、礼拝の秩序が乱されたりしていました。それは教会の改革(リフォメーション)ではなく破壊(デフォメーション)でした。これを知ったルターは、急いでヴィッテンベルクに帰り、新しい教会づくりに手を着けました。ローマ教会から分かれて新しく始まった教会にはさまざまな課題がありましたが、その中でも、ルターがまっさきに手がけたのは礼拝の改革でした。ルターはいままでのミサの枠組みを守りながらも、それをドイツ語で行いました。そして、誰もが心を込めて歌うことができるドイツ語の賛美歌を歌うようにしました。ドイツ語によるはじめての礼拝が行われたのは1525年10月29日のことで、「95箇条」が掲げられた1517年10月31日から8年目でした。

 ルターは多くの人にドイツ語の賛美歌を作ってくれるよう依頼しましたが、ルターみずからも37の賛美歌を作詞したり作曲したりしています。その中でも「神はわがやぐら」は「宗教改革のテーマソング」となりましたが、今日ではカトリック教会の賛美歌集にも収録され、カトリックのミサでも歌われています。日本語の歌詞はみなさん良くご存知ですので、ルターが書いたドイツ語の歌詞の翻訳を紹介します。

私たちの神はかたいとりで
よい守りの武器です。
神は私たちを苦しみ、悲惨から
助け出してくださいます。
古い悪い敵はいま必死にあがいており、
その大きな勢力と策略を用いて
攻撃してくるので
地上の存在でこれに勝てる者はおりません。

私たちの力は無にひとしいのです。
私たちは立ちえません。
けれども私たちに代わって戦ってくださる方がおります。
それは神ご自身が立ててくださった戦士であられます。
そのお名前を尋ねますか?
その御名はイエス・キリストです。
万軍の主なるお方であり、
神ご自身であられるお方です。
主は敵に譲ることはありません。

悪魔が世に満ちて
私たちを飲み込もうとするときも
私たちは恐れなくてもいいのです。
私たちは敵に勝利します。
この世を支配するサタン、悪魔が
たけり狂っておそってくるときも
彼の手は私たちにとどきません。
彼は神のみことばの一撃で、打ち倒されてしまいます。

世人たちがみな神のみことばをあざけり、
みことばをふみにじっておそれをしらないときであっても
主は私たちと共に戦ってくださり、
聖霊と賜物を与えてくださいます。
世人たちが地上のいのち、
財産、名誉、妻子を奪いとろうとしても
世人たちは何も得ることは出来ません。
神の国は永遠にクリスチャンのものであります。

 この賛美は、詩篇46篇に基づいており、ルターの信仰がよく表れている賛美です。ルターが「人は信仰によって救われる」と説いた、その信仰とは、たんに神の存在を頭で認めるとか、教会に出入りするとか、行事・習慣を守るといったものではありません。それは、詩篇が、「神はわれらの避け所また力である。悩める時のいと近き助けである。このゆえに、たとい地は変り、山は海の真中に移るとも、われらは恐れない」と歌っている、神への絶対の信頼です。ルターが数多くの反対者たちに取り囲まれ、命の危険にさらされながらも、神に信頼し、神の言葉に堅く立った、その信仰です。

 「人は信仰によって救われる」といっても、それは、その人の信仰深さがその人を救うというのではありません。人を救うのは、神であり、神の御子、私たちの救い主イエス・キリストです。たとえ、私たちの信仰が小さなものであったとしても、それが神に、キリストに正しく向っているなら、その信仰が人を救うのです。詩篇46:2-3「地は変り、山は海の真中に移る…その水は鳴りとどろき、あわだつ…そのさわぎによって山は震え動く…」というのは、東日本大震災を思い起こさせます。あのような震災を体験していなくても、人生でそれに似たような大変動、思いがけなく、激しく、揺すぶられるような試練を体験してきた人もいるでしょう。いままで順調であっても、いつ、そのようなことが起こるかは誰もわかりません。しかし、そのようなときも、すべてにまさって力があり、この世の何者にもまさって私たちを愛し、いつくしんでくださる神がともにおられるなら、私たちはそれを乗り越えていくことができます。その神を「わたしの神」とするとき、私たちはこの神からの救いを得るのです。「万軍の主はわれらと共におられる、ヤコブの神はわれらの避け所である」という確信に導かれます。詩篇46篇を口ずさむたびに、ルターの作った賛美を歌うたびに、神への信頼を奮い立たせ、キリストへの信仰を確かなものとしていきましょう。

 (祈り)

 父なる神さま、きょうはルターの信仰の戦いを、ほんのわずかでしたが垣間見ることができました。信仰に生きた人々の足跡を通して、私たちは多くのことを学び、あなたのみことばを体験し、あなたご自身に近づくことができます。どうぞ、きょう学んだことを、この一週間の歩みに生かすことができますよう、私たちを導いてください。次週の主の晩餐を心待ちにし、それに備える一週間でありますように。勝利の主、イエス・キリストのお名前で祈ります。

10/27/2013