幸いなことよ

詩篇33:8-12

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33:8 全地よ。主を恐れよ。世界に住む者よ。みな、主の前におののけ。
33:9 まことに、主が仰せられると、そのようになり、主が命じられると、それは堅く立つ。
33:10 主は国々のはかりごとを無効にし、国々の民の計画をむなしくされる。
33:11 主のはかりごとはとこしえに立ち、御心の計画は代々に至る。
33:12 幸いなことよ。主をおのれの神とする、その国は。神が、ご自身のものとしてお選びになった、その民は。

 1776年7月4日、イギリスの植民地であった13州が本国からの独立を目指し「独立宣言」を採択しました。それ以来、この日がアメリカの独立記念日として祝われてきました。7月4日が日曜日になったのは、2010年以来11年ぶりで、次は6年後の2027年になります。今日はめったにめぐってこない「独立記念日礼拝」となりました。

 一、アメリカの幸い

 アメリカは、独立からまだ250年もたたない若い国です。何千年の歴史を持つ中国から見れば赤ちゃんのようなものでしょう。アメリカは大西洋から太平洋までの大きな国土を持っていますが、それでもシベリヤより小さく、人口密度ではインドに及びません。しかし、アメリカは、わずかな間に、その富と力において世界第一の国となりました。アメリカの人口は世界の人口の6パーセントに過ぎませんが、世界の富の60パーセントを持っていると言われています。またアメリカの軍事力は、ずばぬけて大きく、中国が今のような軍事力を持つまでは、アメリカ以外の世界中の軍隊をあわせても、アメリカにはおよびませんでした。しかし、アメリカがアメリカであるゆえんはその富や力にあるのではありません。建国の父たちが目指したものは、富や力ではなく、人間にとってもっと大切なもの、自由や平等でした。アメリカがイギリスからの独立を願ったきっかけは、当時のイギリス国王ジョージ三世が高い関税をかけたことに反発してのことでしたが、アメリカの独立は、たんに政治的、経済的な理由からだけではありませんでした。独立を願った人々は、世界のどの国にも先んじて自由で平等な国家を作ろうとしたのです。

 それで、独立宣言はこのような言葉ではじまっています。「われわれは以下の真理を自明であると信じる。すなわち、すべての人は平等に創造され、ひとりびとりは創造主なる神によって、常に変らぬ、他に譲り渡すことのできない権利を与えられている。これらの権利の中には、生命、自由、幸福を追求する権利が含まれている。」245前には、こうした宣言はどこの国にもありませんでした。アメリカの独立宣言は、フランス革命に大きな影響を与え、その後の世界の国々の模範となりました。この独立宣言の精神は、アメリカ憲法と、憲法の修正条項の中に生かされており、アメリカでは、表現の自由や信仰の自由が保証されています。私たちは、この自由の恩恵をあたりまえのように受けていますが、このような自由は、それまでどこの国でも保証されていなったのです。世界の五分の四の人々は、今も、独裁者や軍事政権、前時代的な法律、身分制度や慣習によって束縛された生活をしていると言われています。

 多くの国々で、クリスチャンになることが禁じられたり、妨害されたり、また、迫害されたりしていますが、アメリカでは、どの宗教の人もそのような目に遇うことはありません。それはアメリカがクリスチャンの国だからです。他の宗教がクリスチャンを迫害することはあっても、クリスチャンが他の宗教を迫害することはありません。現代、アメリカをクリスチャンの国で無くしたいと願っている人が大勢いますが、アメリカがクリスチャンの国で無くなったら、それを願っている人たちも、実は、その思想・信条の自由を失ってしまうのです。アメリカは、外面の自由だけでなく、内面の自由が保証されている数少ない国のひとつです。

 この自由は、特定の人々だけでなく、すべての人に保証されなければなりません。南北戦争では奴隷が解放され、公民権運動によって人種差別の壁が崩されました。女性にも参政権が与えられ、先住民族や少数者が保護されてきました。もちろん、完全な国家、政府はどこにもなく、アメリカもさまざまな過ちを犯しましたし、今も、犯しているかもしれません。しかし、アメリカが、自由と平等を守るために努力してきたことは誇って良いことだと思います。

 二、自由を守るもの

 しかし、自由や平等はたんに政治や権力だけで守ることができるものではありません。政府が自由や平等に価値を置かなくなったら、それはあっけなく消え去ってしまうからです。自由や平等を守るためには、神を信じる信仰が必要です。自由を神が人間に与えた賜物であると信じること、すべての人が、神によって平等に造られたと信じることによって、はじめて、自由や平等を守ることができます。アメリカが自由と平等を守リ続けてくることができたのは、人々が神への信仰を大切にしてきたからです。ある調査によりますと、「信仰が生活や人生にとって大切な役割を果たしていますか」という質問に「はい」と答えたのは、フランスや日本では、わずか10パーセントしかありませんでした。イギリスでも30パーセントです。しかし、アメリカでは60パーセント、イギリスの倍、フランスや日本の6倍にも及びます。また、アメリカでは90パーセントの人々が「神の存在を信じる」と答え、霊的な存在を信じるという人も加えると、94パーセントになります。無神論者、不可知論者と自称する人はわずか1パーセントに過ぎません。別の調査では、「アメリカの大統領は強い信仰を持っているべきだ」と答えた人は70パーセントもありました。「自由や平等という価値は神への信仰によって守られるものである」ということを、人々は知っているのです。

 もし、ひとりびとりが自分の自由や権利だけを主張したら、それは他の人の自由や権利を奪うことになります。そういう社会は決して自由でも、平等でもありません。本当の自由とは、好き勝手なことををすることではなく、他の人の自由や権利を尊重することです。これは、誰もが知っていることですが、神を信じることなしにはできないことです。神への信仰がなかったら、自由主義の国々は、その自由のためにもっと混乱していたでしょう。

 じつは、聖書には、アメリカの独立宣言のよりどころとなっているもともとの「独立宣言」があるのです。それは、ガラテヤ5:1です。「キリストは、自由を得させるために、私たちを解放してくださいました。ですから、あなたがたは、しっかり立って、またと奴隷のくびきを負わせられないようにしなさい。」キリストを信じるまで、私たちは、罪に縛られ、死の恐れを持ち、不平不満や絶望に閉じ込められ、さまざまな迷信や占いの霊などに囚われていました。皆さんも、信仰を持つまでは、「神を信じ、イエス・キリストに従うなどというのは、何かに縛られた窮屈な生き方で、主体性を失うことだ」と考えていませんでしたか。ところが、キリストなしに生きていた時は、自分の思い通りに生きているのに、いつも何かに縛られているように感じていなかったでしょうか。人は、キリストを信じるまでは、過去に受けた心の傷に縛られ、囚われており、本当の自由を体験していないのです。キリストが来てくださったのは、私たちを束縛している一切のものから解放するためでした。キリストは私たちに自由を与えるために十字架の束縛を受け、私たちに神の祝福を与えるために、十字架ののろいを引き受けてくださったのです。キリストのいのちによって贖いとられた自由、神の子としての特権を、誰にも奪われてはならないと、聖書は教えています。

 そして、ガラテヤ5:13は、この自由の正しい使い方をこう教えています。「兄弟たち。あなたがたは、自由を与えられるために召されたのです。ただ、その自由を肉の働く機会としないで、愛をもって互いに仕えなさい。」ある人々は、「好き勝手なことができること」が自由だと考えていますが、本当の自由はそのようなものではありません。聖書の教える自由、キリストが与えてくださった自由は、恐れなく神に近づき、進んで他の人に仕えることができる自由です。America the Beautiful の歌にも “God mend thine every flaw, confirm thy soul in self-control, Thy liberty in law.” (神があなたのすべての欠陥を修復し、自制のうちにたましいを、法律の中に自由を確かなものにしてくださるように)と歌われています。アメリカ人ほど、独立心に富んだ人々はないと思います。時には、自己主張が過ぎるかもしれませんが、アメリカには、自分を主張するとともに、他の人々のために喜んで時間を捧げ、労力を捧げ、財産を捧げる人々が大勢います。アメリカほど、数多くの宣教師、また国際支援のボランティアを世界中に派遣している国はありません。全世界の宣教師の4分の3はアメリカ人です。また一般市民も、4人のうち3人は喜んでチャリティのための募金に応えています。アメリカは今まで、神への信仰によって、仕える自由、与える自由を学んできたのです。

 三、神への信頼

 ところが、今日、急速に社会の世俗化が進み、人々の信仰が表面的なものになってきました。「グローバリズム」の時代になり、国境を越えて経済活動がなされ、ビットコインなどの「仮想通貨」まで使われるようになると、自分の国を愛することや他の国々を尊重することがなくなって、ほんのひとにぎりの金持ちたちが世界経済を支配するようになってきました。そこでは、自由や平等、人権や博愛というものがなく、ただ利益だけが優先されます。21世紀になって、今まで大切にされてきた価値とその基礎となっている信仰が大きなチャレンジにさらされています。

 世界は、パンデミックをはじめ、さまざまな問題で苦しんでいますが、軍事費だけはどんどん増えています。ストックホルムズの国際平和研究所によると、1995年から2000年までの世界の軍事費は10,000億ドルでしたが、20年後の2020年にはその倍の20,000億ドルになっています。アメリカの軍事費はそのうちの35%、およそ7,000億ドルを占めています。聖書の時代にも、イスラエルはダビデやソロモンの時、強い軍隊を持ちました。しかし、ほんとうに国を守るのは、軍勢の多さ、勇者の力、軍馬の数ではなく、神への信頼にあることを、ダビデは知っていました。それで 16-18節でこう言っています。「王は軍勢の多いことによっては救われない。勇者は力の強いことによっては救い出されない。軍馬も勝利の頼みにはならない。その大きな力も救いにならない。見よ。主の目は主を恐れる者に注がれる。その恵みを待ち望む者に。」

 「独立宣言」もまた、神への信頼の言葉で締めくくられています。「この宣言を支持するために、われわれは神の摂理の守りにかたく信頼しつつ、われわれの生命、財産、神聖なる名誉をささげることを、相互に誓うものである。」アメリカの独立は、神の守りなしには達成されないと言っているのです。アメリカ建国の父たちは、ほんとうの独立とは、何者にも頼らず「独り立つ」というものではなく、神への信頼によってもたらされると信じていました。ジョージ・ワシントンがヴァレー・フォージで、馬から降り、雪道にひざまづいて祈っている絵がありますが、その絵は、アメリカが神への信頼によって導かれなければならないことを語りかけています。

 私たちも、同じように、神に信頼します。18節に「見よ。主の目は主を恐れる者に注がれる。その恵みを待ち望む者に」とあります。「主を恐れる」とは主なる神に頼るという意味です。神は、神に頼るものをいつくしみをもって見守ってくださいます。ですから、神の愛、憐れみ、いつくしみに信頼するのです。そして、「主よ。あなたの恵みが私たちの上にありますように」(22節)と、神の祝福を祈り求めます。詩篇にある「幸いなことよ」という言葉は、英語では、“Happy” ではなく “Blessed” と訳されます。“Happy” は “happen” から生まれた言葉で、周りの出来事から来る幸いのことですが、 “Blessed” は、どんな状況の中でも変わらない、神から来る幸いのことです。聖書は、個人の幸いも、国家の幸いも、神の祝福から来ることを教えています。そのことを信じて神の祝福を祈り求めましょう。政治家は“God bless America!” とは言いますが、私たちの幸いのすべてが神から来ることをほんとうに信じてそう言って欲しいと思います。アメリカが「幸いなことよ。主をおのれの神とする、その国は」と言われる国になれるよう神の祝福を祈り求めましょう。また、私たちが「幸いなことよ。神が、ご自身のものとしてお選びになった、その民は」と言われるようになるため、神により頼んで歩みましょう。

 (祈り)

 世界を治め、導いておられる主なる神さま。私たちの幸いは、あなたの祝福から来ることを、きょう、もういちど確認することができ、ありがとうございます。聖書が教え、アメリカ建国の父たちが示したあなたへの信頼を、私たちも学び、実践して歩む者としてください。今日の日と、この礼拝を感謝します。イエス・キリストのお名前で祈ります。

7/4/2021

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