故郷のイエス

ルカ4:16-21

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4:16 それから、イエスはご自分の育ったナザレに行き、いつものとおり安息日に会堂にはいり、朗読しようとして立たれた。
4:17 すると、預言者イザヤの書が手渡されたので、その書を開いて、こう書いてある所を見つけられた。
4:18 「わたしの上に主の御霊がおられる。主が、貧しい人々に福音を伝えるようにと、わたしに油を注がれたのだから。主はわたしを遣わされた。捕われ人には赦免を、盲人には目の開かれることを告げるために。しいたげられている人々を自由にし、
4:19 主の恵みの年を告げ知らせるために。」
4:20 イエスは書を巻き、係の者に渡してすわられた。会堂にいるみなの目がイエスに注がれた。
4:21 イエスは人々にこう言って話し始められた。「きょう、聖書のこのみことばが、あなたがたが聞いたとおり実現しました。」

 一、会堂での礼拝

 ユダヤの人々は紀元前586年に神殿を失いました。その時、神殿に代わる「祈りの家」として「会堂」が生まれました。神殿は、70年後の紀元前515年に再建されましたが、「会堂」はその後も残り、ユダヤの人々の生活になくてならないものとなりました。紀元70年、再建された神殿も滅ぼされ、ユダヤの人々は世界中に離散しましたが、人々はどこに行っても、そこに会堂を建てました。

 ユダヤの会堂は「シナゴーグ」(Synagogue)、あるいは「コングリゲーション」(Congregation)と呼ばれます。ダラス地区にもおよそ20ほどのシナゴーグがあります。その分布を調べてみると、ノース・トールウェーとフリーウェー75に挟まれた地域に、南から北へと伸びていることが分かります。ユダヤの人々は、できるだけシナゴーグの近くに住もうとしますので、そういう分布になったのでしょう。

 ユダヤ教のシンボルはイスラエルの国旗にも使われている「ダビデの星」ですが、分布図の中に、ひとつだけ、キリスト教のシンボルである「十字架」がついたものがあります。これは、「メサイアニック・ジューズ」(Messianic Jews)と呼ばれるグループで、イエス・キリストを信じているユダヤの人々のコングリゲーションです。メサイアニック・ジューズの礼拝は土曜日に行われますので、一般の教会を借りて集まりをしているところが多くあります。メサイアニック・ジューズと一般の教会は同じ信仰を持っていますので、一般の教会がメサイアニック・ジューズの建物を日曜日に借りる場合もあります。

 そうした集まりに参加すると分かりますが、そこでの礼拝は、律法の朗読とその解説が中心となっています。ユダヤの人々は毎年、1年かけて聖書日課に従って「律法の書」(創世記から申命記)を読み、学びます。会堂での礼拝でも、それぞれの安息日に、「律法」と「預言者」の箇所が割当てられ、その朗読に続いて説教がなされます。きょうの箇所の16-17節に「それから、イエスはご自分の育ったナザレに行き、いつものとおり安息日に会堂にはいり、朗読しようとして立たれた。すると、預言者イザヤの書が手渡されたので、その書を開いて、こう書いてある所を見つけられた」とありますが、イエスは、預言書からの朗読と、そこからの説教を任せられていたのです。イエスが朗読した箇所はイザヤ61:1-2でした。

 そこには、旧約でこう書かれています。「神である主の霊が、わたしの上にある。主はわたしに油をそそぎ、貧しい者に良い知らせを伝え、心の傷ついた者をいやすために、わたしを遣わされた。捕われ人には解放を、囚人には釈放を告げ、主の恵みの年と、われわれの神の復讐の日を告げ、すべての悲しむ者を慰め(るために。)」「主の霊が、わたしの上にある」「主はわたしに油をそそぎ」というのは、メシア、救い主のことを言っています。「キリスト」というのは、ヘブライ語の「メシア」を訳したもので、それには「油注ぎを受けた者」という意味があります。イザヤ61章は、神が、やがて聖霊の油注ぎを受けた救い主、「キリスト」を遣わし、「主の恵みの年」という新しい時代をもたらすという預言、また約束の言葉です。ユダヤの人々は、この預言が成就する日を待ち望みながらバビロン、シリア、またローマなどの大帝国のもとでの苦しみに耐えてきたのでした。

 二、イエスの説教

 朗読が終わると、人々の目はイエスに注がれました(21節)。ナザレの町はイエスが育ったところでしたから、町の人々は、イエスを良く知っていました。けれども、イエスがナザレの会堂で説教するのははじめてのことだったのでしょう。人々は、あの「ヨセフの子」がどんな説教をするのだろうかと好奇の目を注いだのです。

 その時、イエスは「きょう、聖書のこのみことばが、あなたがたが聞いたとおり実現しました」(21節)と言って説教を始めました。普通、会堂での説教では、朗読された箇所の事細かな解説がなされるものです。イザヤ61:1-2なら、メシアがどんな人物であり、神の民に何をもたらしてくれるのか、また、この約束を与えた神の真実や、その約束に対する神の民の信仰などについて語られることでしょう。ところが、イエスの説教は、いままでの説教とは全く違っていました。イエスの説教は、聖書の言葉の解説ではなく、「きょう、聖書のこのみことばが、あなたがたが聞いたとおり実現しました」(21節)という、約束成就の「宣言」でした。これは、マタイの福音書やマルコの福音書に「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから」(マタイ4:17)「時が満ち、神の国は近くなった。悔い改めて福音を信じなさい」(マルコ1:15)とあるのと同じく、「神の国」の到来を告げ知らせるものでした。

 「主の恵みの年」、また「神の国」は救い主によってもたらされます。イエスが「主の恵みの年」の開始を告げ、「神の国」を宣言しているということは、とりもなおさず、イエスがご自分を「救い主」だと宣言していることになります。実際、聖書を読むと、いたるところで、イエスはご自分が救い主であることを明らかにしています。イエスの教えは、人々に、ご自分を示すもの、ご自分についての教えでした。

 「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」(マタイ11:28)これは、私たちにとって、なんと慰め深い言葉でしょう。実際多くの人が、この言葉によって絶望や困難から立ちあがってきました。しかし、これは、ユダヤの人々には冒瀆の言葉に聞こえたでしょう。なぜなら、イエスは「わたしのところに来なさい」「わたしが…休ませてあげます」と言って、神を信じるのと同じように、ご自分に信頼するようにと教えたからです。

 イエスはまた、「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません」(ヨハネ14:6)と言いました。よく、「イエスはキリスト教の教祖である」と言われます。しかし、まともな宗教の教祖なら、このようなことは言わないでしょう。「そこに道がある。それに歩め。そこに真理がある。それを探求せよ。そこに命がある。それを得よ」と言うはずです。宗教の教師とは、他の人に、道を教え、真理を明らかにし、命を示す者であって、みずからが「道であり、真理であり、命である」などというのは、宗教の教師の領域をこえています。ところがイエスは、「わたしを信じなさい」「わたしに従いなさい」「わたしを愛しなさい」と言っています。「わたしは…」、「わたしに…」、「わたしを…」という言葉を繰り返し語っています。イエスが宗教の教師、教祖だというなら、ただ「神を信ぜよ」と言うだけで終わり、そんな自己主張はしなかったはずです。イエスのこうした言葉は何を意味するのでしょう。聖書の全体から導き出される結論はただひとつです。イエスは、その言葉どおり、神であり、救い主であるということです。イエスは、私たちに信仰を教えるお方であると同時に、私たちが頼り、愛し、従うべき、信仰の対象であるお方だということです。

 どんなに熱心に聖書を読み、学んだとしても、もし、イエスが誰であるのかを知らなければ、聖書の約束する救いは私たちのものとはなりません。イエスは「あなたがたは、わたしをだれだと言いますか」(マタイ16:15)と問いかけています。「あなたは、生ける神の御子キリストです」(マタイ16:16)と答える人は幸いです。

 三、イエスへの応答

 イエスの説教を聞いた人々は「イエスをほめ、その口から出る恵みのことばに驚き」ました(22節)。人々は、今まで聞いたことのない説教を聞きました。イエスが語る言葉はどれも正しいもので、誰もそれに反論できませんでした。それが「恵みの言葉」であることを認めざるをえませんでした。人々は、それまで何度も繰り返し会堂で朗読されきた聖書の言葉のほんとうの意味を、この日、はじめて知ったのです。

 ところが、人々はイエスの正しい言葉に従いませんでした。その恵みの言葉に感謝しませんでした。むしろ、それに対して敵意と反感をもって答えました。イエスに対して怒り、町の崖から突き落とそうとさえしたのです(ルカ4:28-29)。なぜ、そんなことになったのでしょうか。それは、22節に「この人はヨセフの子ではないか」とあるように、先入観でイエスを判断したからでした。マタイ13:55には、故郷の人々が「この人は大工の息子ではありませんか」と言ったとあります。人々はイエスを「大工の息子」と呼びましたが、そこには軽蔑の意味が込められています。「大工」と訳されている言葉はもとの言葉で「テクトーン」と言い、「手を使って働く者」という意味があります。この言葉から “technician” という言葉が生まれました。ユダヤでは、手ずからの労働が重んじられました。使徒パウロは、「自分の仕事に身を入れ、自分の手で働きなさい」(テサロニケ第一4:11)と教え、「あなたがた自身が知っているとおり、この両手は、私の必要のためにも、私とともにいる人たちのためにも、働いて来ました」(使徒20:34)とも言っています。けれども、ナザレの人たちは、「テクトーン」という言葉を「下働きの人」という意味で使いました。今日でも組織上は “technician”(工員)は、“engineer”(技術者)の下にあり、 “carpenter”(大工)は “architect”(建築家)の下にいると考えられているのと同じです。人々は、イエスを自分たちの考えで判断して、イエスを軽蔑し、斥けたのです。

 こんな話があります。ある夫婦が、礼拝を終えて家に帰る車の中で、その日の礼拝の説教者について話していました。その日は、ゲストスピーカーが説教をした日でした。妻が夫に言いました。「きょうのゲストスピーカーは背が高くて、とてもハンサムだったわね。」夫も「話しぶりも堂々としていてよかったよ」と答えていました。そんな両親の話を聞いていた子どもが、後ろの座席から言いました。「でもね、あの先生、背が高かったから、きょうは、先生の後ろの十字架が良く見えなかったよ。いつもの先生なら、よく見えるんだけど…。」子どもがそう言うのを聞いて、その両親は、考え始めました。「そうだね。私たちは、説教者を見に行ったんじゃなかったはずだ。」「そう、外見や話しぶりばかり見ていて、わたし、きょう、何を聞いたか覚えていないわ。」「私たちは礼拝で、神の言葉を聞き、イエスさまを見上げることを忘れていたね。」この夫妻は、子どもの言葉によって、大切なことを思い起こし、大いに反省したということでした。

 私たちも、イエスを知らない時は、イエスを信じない人々が言うように、イエスを「宗教の教師」と考えていました。また、イエスを信じ、聖書の知識が増えた後でも、「私はイエスについてよく知っている」と思い込んで、自分が作り上げた「イエス像」でイエスを見、それをイエスに押し付けてしまうことがあるかもしれません。イエスの故郷、ナザレの人々が「自分たちはイエスをよく知っている」言って、イエスとイエスの言葉を判断してしまったのと同じです。私たちが主の導きに従わなければならなのに、「イエスさま、今、こんなことをなさってはいけません。今すぐ、このことをしてください」などと言って、イエスを自分の予定や計画に従わせようとするようなこともあるかもしれません。私たちも、正しい心で御言葉を聞き、正しくイエスの声を聞いているだろうか、御言葉が示すイエスを正しく認めているだろうかと、みずからを省みたいと思います。そして、いつでも、へりくだってイエスを仰ぎ見たいと思います。

 (祈り)

 父なる神さま。「この方はご自分のくにに来られたのに、ご自分の民は受け入れなかった。」(ヨハネ1:11)この御言葉が心に響きます。あなたは、救い主、キリストを、まず、ご自分の民のところに送られたのに、人々は自分たちの救い主を斥けました。私たちも同じ道を歩むことがありませんよう助けてください。むしろ、あなたの民とされた私たちが、常にイエスを主とし、イエスに従って生活することができるようにしてください。イエスのお名前で祈ります。

5/3/2020