母への言葉

ヨハネ19:25-27

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19:25 さて、イエスの十字架のそばには、イエスの母と、母の姉妹と、クロパの妻マリヤと、マグダラのマリヤとが、たたずんでいた。
19:26 イエスは、その母と愛弟子とがそばに立っているのをごらんになって、母にいわれた、「婦人よ、ごらんなさい。これはあなたの子です」。
19:27 それからこの弟子に言われた、「ごらんなさい。これはあなたの母です」。そのとき以来、この弟子はイエスの母を自分の家に引きとった。

 主イエスは、十字架にかけられる前、ゲッセマネの園で徹夜の祈りをされました。明け方までユダヤ人の裁判にかけられ、夜が明けるとローマ総督のところに連れて行かれ、十字架刑を宣告されました。ローマの兵士たちは、イエスをさんざんからかったあげく、鞭打ち、十字架を背負わせて刑場に追い立てました。刑場に着くと兵士たちはイエスの両手、両足を十字架に釘付けにし、その十字架を持ち上げ、あらかじめ掘ってあった穴の中に差し込みました。十字架がドシンと音をたてて穴の中に収まった時、釘付けにされたイエスの手足が割け血が流れました。イエスの十字架の右と左にも犯罪人の十字架が立てられました。このふたりに比べ、イエスは憔悴し切っておられました。しかし、そんな苦しみの中からも父なる神に祈り、人々に語りかけ、七つの言葉を遺していかれました。

 その第一は、「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」(ルカ3:34)という「赦しの言葉」、その第二は、「よく言っておくが、あなたはきょう、わたしと一緒にパラダイスにいるであろう」(ルカ23:34)という「約束の言葉」、第三が「婦人よ、ごらんなさい。これはあなたの子です」という「母への言葉」でした。

 第三の言葉は、他の言葉と違って、肉親に語られた、とても個人的なものです。イエスは、三年の間弟子たちを連れてユダヤの全土を歩き、神の言葉を語り、力ある業を行い、神への奉仕に専念してきました。そして、今、全人類の救いのため、人々の罪を背負うという、神への最後の奉仕を成し遂げようとしておられます。そんな厳かな瞬間にイエスが「母への言葉」を語っておられるのは、何か場違いなこと、女々しいこと、あまりにも人間的なことなのでしょうか。いいえ、そうではありません。主イエスが、十字架の上で「母への言葉」を語られたのは、神のみこころにかなっていることであり、主イエスのわたしたちへの愛を表すものでした。今朝は、そのことについてお話ししましょう。

 一、神への愛と人への愛

 第一に、「母への言葉」は、イエスが「あなたの父と母を敬え」(出エジプト記20:12)という神のみこころを守り通されたことを教えています。

 イエスは神の御子でしたから、地上のどんな人間関係にも束縛されないで、ひたすらに父なる神に仕え、父なる神のみこころを成し遂げることに専念なさっても不思議ではありませんでした。しかし、イエスはマリアの子として、母への愛も注ぎ続けたのです。「主なるあなたの神を拝し、ただ神にのみ仕えよ」(マタイ4:10)という戒めは、「あなたの父と母を敬え」という戒めと矛盾しません。聖書は、神への愛と人への愛を切り離してはいません。主イエスは、「律法の中で、どのいましめがいちばん大切か」という質問に答えて言われました。

「心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ。」これがいちばん大切な、第一のいましめである。第二もこれと同様である、「自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ。」これらの二つのいましめに、律法全体と預言者とが、かかっている。(マタイ22:37ー40)
神への愛と人への愛は別々のものではなく、ひとつにつながったものだと教えておられるのです。

 しかし、イエスは、「わたしよりも父または母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりもむすこや娘を愛する者は、わたしにふさわしくない」(マタイ10:37)とも言われました。これは、「神を信じ、神に従うには、親も子どもも捨てなければならない」ということなのでしょうか。決してそうではありません。「両親が信仰に反対しているので、バプテスマを受けられません」とか、「子どもの世話をしなければならないので、神さまに仕えることはできません」など、神を信じようとしない、神に従おうとしないことの言い訳に、肉親への情愛を使ってはいけないと言っているのです。

 また、イエスは神への奉仕を口実に、両親への義務を怠ることをも戒めておられます。当時、年老いた両親を養うためのお金であっても、それを「コルバン」と呼ばれる神への供え物として神殿に預ければ、両親に与えなくてもよいとされていました。「コルバン」は時期が来れば自分の手元に戻りますので、両親のために使うはずのお金を自分のために使うことができたのです。イエスは、「自分たちが勝手に作った規則によって、『父と母とを敬え』という神の言葉をないがしろにしている」と言って、こうしたトリックを厳しく責めました。

 わたしが日本にいたころ、その町には看護学校や科学技術大学があって、学生たちが信仰に導かれていきました。親もとを離れて学校に来ている人たちがほとんどでしたので、バプテスマを受けたいと申し出た学生たちには、そのことを親に話して了承してもらいなさいと指導していました。ある学生が帰省することになり、親にバプテスマのことを話すことになりました。信仰とバプテスマは結びついているのですが、多くの親は「教会に行くのはよいが、バプテスマは駄目」と言うそうで、彼の父親もそうでした。彼はとても心配して帰省したのですが、親にその決心を話してみると、「そうか、わかった。クリスチャンになるというのなら、内村鑑三や香川豊彦のような立派なクリスチャンになれ」と言ってくれたそうです。神への誠実さを貫き通すとき、家族もまたそれを理解してくれます。そればかりでなく、やがて、一家が神を信じるようになるのです。

 夫が妻に、親がこどもに教会に行くのを反対するのは、ほとんどの場合、信仰に反対してのことではなく、それによって家事や勉強がおろそかにならないかと心配するからです。教会からの帰りが遅いと、家族、とくにノンクリスチャンの家族は心配します。そんな心配に心遣いをするのが、家族への愛です。同じ信仰を持つ者が語り合うことは大切で楽しいことですが、そのために家族に迷惑をかけることがないようにしたいと思います。

 ある教会に行ったとき、礼拝堂の入り口に "Come and serve the Lord." と書いてありました。礼拝が終わるとその入り口は、今度は出口になるのですが、その礼拝堂の内側には "Go and serve people." と書いてありました。その通りです。教会は、そこで信仰を養われ力づけられて、そこから家庭に、職場に、社会に遣わされていくところです。現代は問題を抱えて苦しんでいる家庭が多いのですが、礼拝はそうした重荷を主イエスのもとにおろす所です。そして、神を信じ、その信仰が養われ、自分自身が祝福の基となって、再び家庭に戻って行く。そのとき、その家庭は困難を乗り越え、問題を解決し、祝福を受けるのです。

 わたしが入っていた教会の高校生のグループには "JOY Club" という名前がついていました。"Jesus First, Others Second, Yourself Last." というのがモットーでした。Jesus の 'J'、Others の 'O'、Yourself の 'Y' で "JOY" になるのです。わたしたちの人生が神を第一にするものになっていくとき、必ず、家庭や人との関係も守られます。神をないがしろにして、人との関係を守ろうとしても、良い結果は得られません。人が互いに神を尊ぶ生き方ができたら、お互いの関係も良いものになっていきます。神に対して誠実な人は人にも誠実になり、神を大切にする人は家族をも大切にします。

 主イエスにとって、父なる神への服従と、母マリアへの愛情は矛盾したものではありませんでした。死に至るまでの父なる神への服従の中でも、主イエスは、マリアの子として母への愛情を注ぎ続けたのです。

 二、母への愛と教会への愛

 第二に、「母への言葉」には、イエスのわたしたちへの深い愛が示されています。

 イエスは息子に先立たれる母の悲しみを良くご存知でした。母マリアにはイエスを産んだその時から、シメオンによって、その悲しみが預言されていました。シメオンは母マリアに「ごらんなさい、この幼な子は、イスラエルの多くの人を倒れさせたり立ちあがらせたりするために、また反対を受けるしるしとして、定められています。――そして、あなた自身もつるぎで胸を刺し貫かれるでしょう」と言っています(ルカ2:34-35)。だからこそ、主イエスは、母のその悲しみが癒されるために、この言葉を語られたのです。

 イエスはそのご生涯で、常に人々の悲しみ、嘆きを自分の悲しみとし、嘆きとしてこられました。自分の罪に悲しむ人々、弱さに嘆く人々、しえたげられている人々、斥けられている人々、助けのない人々を心にかけ、その人たちと苦しみを共にされました。ルカ7章に、ナインの町に夫を亡くし、続いてひとり息子を亡くした母親がいたと書かれています。イエスはこの母親に「深い同情を寄せられ」(ルカ7:13)、その息子を生き返らせました。母マリアも、ナインの町の母親とおなじようにすでに夫を亡くしており、今、息子を失おうとしています。イエスは、ご自分の母がひとり地上に遺されることをお望みにならず、「婦人よ、ごらんなさい。これはあなたの子です」と言って、母に、ご自分に代わる息子をお与えになったのです。

 わたしは最初、「母への言葉」について、それは「何か場違いなこと、女々しいこと、あまりにも人間的なことなのでしょうか」と言いました。イエスが十字架の上から「母への言葉」を語られたことが、場違いなことではないことは、すでにお話しした通りです。もちろん、イエスがこうした言葉を口にしなかったとしても、イエスの母への愛はそのお心の中に変わらずありました。しかし、イエスがそれを口にされたことによって、わたしたちはイエスの母への深い愛を知り、そして、そのように母を愛され、母の行く末を心配し、母のために自分にかわる息子をお与えになったお方が、わたしたちをも愛して、心を配り、必要なものを備えてくださると、確信するのです。

 イエスが、ご自分の使命を達成される最も厳かな時にも、母を想い、そのためにご自分の弟子との養子縁組を取り計らわれたのは、わたしたちにとって大きな慰めです。イエスは、脇目もふらずにゴールに向っていくようせきたてる、企業の CEO のようなお方ではありません。主イエスはわたしたちの弱さを知って、それをかばい、癒やし、強めてくださる救い主です。

 イエスはご自分の弟子に「ごらんなさい。これはあなたの母です」と言って、母を託されましたが、この弟子は「とんだ迷惑だ」と思ったでしょうか。いいえ、この弟子は、主の母を自分の母とすることを誇りに思い、主からのギフトとして喜んで受け入れたことでしょう。この弟子がヨハネであることは、良く知られています。ヨハネはエペソ地方の監督として、その地域の教会を指導しました。母マリアもエペソで生涯を終えたと伝えられています。ヨハネはマリアの世話をしましたが、同時にマリアからも育てられたに違いありません。ヨハネは「雷の子」と呼ばれるほど短気で激しい気性の人物でしたが、のちに「愛の使徒」と呼ばれるほど柔和で忍耐深い人物に変えられています。そのために母マリアが用いられたと考えても間違いではないと思います。

 母マリアには親族がありましたから、イエスが世を去られた後は、親族の世話を受けるのが普通でした。しかし、マリアはイエスが宣教をはじめたころから弟子たちとかかわり、親族もイエスを信じる信仰に導かれていましたので、マリアが弟子ヨハネに託され、教会に託されたのは自然なことでした。

 母マリヤはその後、初代教会で無くてならないイエス・キリストの証人として働きました。使徒1:14に、「彼らはみな、婦人たち、特にイエスの母マリヤ、およびイエスの兄弟たちと共に、心を合わせて、ひたすら祈をしていた」とあるように、母マリアはペンテコステの日に聖霊を受けた百二十人のひとりでした。マリアはヨハネの母となっただけでなく、教会全体の信仰の母となったのです。

 「婦人よ、ごらんなさい。これはあなたの子です。ごらんなさい。これはあなたの母です。」わたしたちはこの言葉に、主イエスが母に信仰者のコミュニティを与え、信仰者のコミュニティにご自分の母をお与えになったことを知ることができます。母を愛された主は、教会をも愛されたのです。十字架の苦しみも、イエスの人への愛を曇らせることはできませんでした。いや、イエスは十字架の苦しみを人への愛のゆえに耐えられたのです。十字架上のお言葉のひとつひとつから、主の深い愛を感じ取り、それに感謝する者でありたいと思います。

 (祈り)

 父なる神さま、主イエスの母への愛の言葉を感謝します。この言葉が、わたしたちへの愛の言葉でもあることを感謝します。主イエスが十字架の上から語られた言葉のひとつひとつを深く心に刻む者としてください。今週月曜日から木曜日までの早朝の祈り会をそのような時として用いてください。金曜日のグッド・フライデーに主から聞いた愛の言葉を分かち合い、主を崇めることができますように。祈り会やグッド・フライデー礼拝に集うことのできない方々にも同じ思いで祈る時が与えられますように。主イエスのお名前で祈ります。

4/13/2014