御子の御霊

ガラテヤ4:4-7

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4:4 しかし定めの時が来たので、神はご自分の御子を遣わし、この方を、女から生まれた者、また律法の下にある者となさいました。
4:5 これは律法の下にある者を贖い出すためで、その結果、私たちが子としての身分を受けるようになるためです。
4:6 そして、あなたがたは子であるゆえに、神は「アバ、父。」と呼ぶ、御子の御霊を、私たちの心に遣わしてくださいました。
4:7 ですから、あなたがたはもはや奴隷ではなく、子です。子ならば、神による相続人です。

 「使徒の働き」には、使徒たちが聖霊の力によって人々を癒やし、大胆に福音を語り、また、聖霊の知恵と導きによって問題を解決していったことが書かれています。初代教会の聖霊の働きには目を見張るものがあります。しかし、目に見える「しるし」や「不思議」だけが、聖霊の働きではありません。目には見えなくても、大切な聖霊の働きがあります。きょうは、その中から、聖霊が私たちを神の子どもとし、神との交わりを与え、神の国を相続させてくださることを学びます。

 一、神の子どもの身分

 聖霊は、第一に、信じる者を神の子どもにしてくださいます。人は、「神のかたち」に造られたのですが、罪によってそれを失ってしまいました。神は、そんな人間をあわれんで、イエス・キリストを信じることによって、人が「神のかたち」に造り直されるようにしてくださいました。人を「神のかたち」を持つ「神の子ども」として、新しく生んでくださるのです。そして、それをしてくださるのが、聖霊なる神です。

 イエスは、ニコデモに言われました。「まことに、まことに、あなたに告げます。人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」(ヨハネ3:3)私たちはよく「生まれ変わったつもりでやり直す」などと言いますが、心を少しばかり入れ替えたところで救われることはできません。全く新しい者にならなければならないのです。ニコデモは、ユダヤの指導者でしたが、それを理解することができませんでした。それで、イエスは、さらにこう言われました。「あなたがたは新しく生まれなければならない、とわたしが言ったことを不思議に思ってはなりません。風はその思いのままに吹き、あなたはその音を聞くが、それがどこから来てどこへ行くかを知らない。御霊によって生まれる者もみな、そのとおりです。」(ヨハネ3:7〜8)風の音は聞こえても風そのものは見えません。そのように聖霊が人を造り変え、新しく生んでくださるのも、人の目には隠されています。しかし、聖霊によって生まれた者は、やがて、自分が神の子どもであることを知り、自覚し、確信するようになります。そして、神の子どもの性質が徐々に表れてきて、それが生活の中に見えるようになってきます。風が吹いて音を立てるように、聖霊の見えない働きが、キリストを信じる者の人生の中に見える形で表れてくるのです。

 聖霊によって神の子どもとして生まれる。キリスト者の生活はここから始まります。これは聖霊の働きの中で一番大切なものです。誰もが聖霊の知恵を持ちたい、聖霊の力を受けたい、聖霊の導きを得たいと願います。「愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制」の御霊の実を結びたいという願望を持ちます。しかし、そうしたことに進む前に、新しく生まれていること、聖霊によって命を与えられていることを確かめておきましょう。命がなければ、成長もないからです。自分を向上させ、成長させ、ある一定のところに到達したら、神の子どもにしてもらえるというのではありません。成長して神の子どもになるのでなく、神の子どもとして生まれ、神の子としての命を受けたので、神の子どもとして成長していくのです。赤ちゃんは「新生児」と呼ばれます。キリスト者は新しく生まれた者、新生した者ですから、霊的にほんとうの「新生児」といってよいでしょう。枯れ木でも飾ればきれいになりますが、決して実を結ぶことはできません。命がないからです。

 神の子どもというのは「身分」であって「地位」ではありません。「地位」というものは、支店のマネージャーであれ、企業の CEO であれ、それぞれ努力してそこに上っていくものです。もし、神の子どもとなることが、人が地位を獲得するように、努力して勝ち取るものだとしたら、誰ひとり、神の子どもにはなれないでしょう。神の子どもは「地位」ではなく「身分」です。そして、身分というものは「生まれる」ことによって得るものです。英国には王室があり、王子や王女になるためには、王室に生まれなければなりません。「生まれ」が身分を決定するのです。アメリカは市民の国で、身分制度はありませんが、外国から来た者は、何年も待って、書類を一杯書いて、費用を払って、試験を受けて、宣誓を終えなければ市民にはなれません。投票権もありません。けれども、アメリカで生まれれば、生まれつき市民です。18歳になれば投票権が与えられます。神の子どもになるのも同じです。私たちは神に生んでいただいてはじめて神の子どもとなり、神の国の市民となるのです。

 ガラテヤ4:4-5はこう言っています。「しかし定めの時が来たので、神はご自分の御子を遣わし、この方を、女から生まれた者、また律法の下にある者となさいました。これは律法の下にある者を贖い出すためで、その結果、私たちが子としての身分を受けるようになるためです。」このように、神の御子イエス・キリストが、私たちが神の子どもとなるためのすべてを果たしてくださいました。私たちが神の子どもになるためには、ヨハネ1:12に「しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった」とある通り、イエス・キリストを信じるだけでよいのです。そうすれば、聖霊が信じる者を神の子どもとしてくださるのです。

 二、神との交わり

 聖霊は、第二に、神の子どもたちに、神との交わりを与えてくださいます。6節に、こうあります。「そして、あなたがたは子であるゆえに、神は『アバ、父』と呼ぶ、御子の御霊を、私たちの心に遣わしてくださいました。」「アバ」というのは、「お父さん」という意味の言葉です。神の御子であるイエスは常に神を「父」と呼び、弟子たちにも神を「われらの父」と呼ぶように教えてくださいました。イエスは復活の後、「わたしは、わたしの父またあなたがたの父、わたしの神またあなたがたの神のもとに上る」(ヨハネ20:17)と言われました。イエスを信じる者は、イエスと共通の父を天に持つようになるのです。聖霊は、神の子どもたちの内側にいて、神を「父よ」と呼び、祈ることができるようにしてくださるのです。

 どこの国の言葉でも、「お父さん」「お母さん」という言葉は、どれも短い言葉です。英語では “Dad” と “Mom”、イタリア語では “Papa” と “Mamma”、韓国語では「アボジ」「オモニ」、ヘブライ語では「アバ」と「インマ」です。どれも、赤ちゃんでも発音できる言葉です。信じたばかりの人は誰もまだ赤ちゃんです。いきなり、大人の信仰者として生まれてくるのではありません。ですから、最初は、「祈りなさい」と言われても、何をどう祈ったら良いかわからないのが当然です。しかし、たとえ、赤ちゃんでも、「アバ」と、父親を呼ぶことができます。聖霊によって生まれた者は誰でも、神を「父よ」と呼んで、祈ることができます。聖霊が祈らせてくださるのです。

 ある人が牧師に、こんな悩みを打ち明けました。「私の父親は、酒癖が悪く、いつも母親を叩いていました。ですから、神を『父』と呼んで祈りなさいと言われても、なかなか、そのように祈れません。」牧師はこう答えました。「あなたの気持ちはよく分かります。私も、母が再婚して、義理の父と生活するようになったとき、長い間、『お父さん』と呼べなかったことがありました。けれども、新しい父親のことが分かるようになって、心から『お父さん』と呼ぶことができる日が来ました。普通は、子どもが親を選ぶことなどできないのですが、クリスチャンには『親替え』ができるんですよ。神をあなたの父親にしてください。あなたも、神を『父よ』と呼ぶことが、かならずできるようになります。」その人は、牧師の言葉どおり、やがて、神を「父よ」と呼ぶことの素晴らしさを見出しました。そして、それによって、心の傷が癒やされていきました。

 ガラテヤ4:6と同じ言葉がローマ8:15-16にもあります。「あなたがたは、人を再び恐怖に陥れるような、奴隷の霊を受けたのではなく、子としてくださる御霊を受けたのです。私たちは御霊によって、『アバ、父』と呼びます。私たちが神の子どもであることは、御霊ご自身が、私たちの霊とともに、あかししてくださいます。」聖霊は私たちに神の子の身分を与え、罪の奴隷と、あらゆる束縛から解放してくださいました。私たちは「アバ、父」と叫んで自由に神に近づくことができるのです。「アバ、父よ。」この祈りによって、私たちも日々、神の子の自由を言い表したいと思います。

 三、御国の相続

 聖霊は、第三に、神の国を相続させてくださいます。子どもが親の財産を相続するように、神の子どもたちも、神の国を相続するのです。7節に「ですから、あなたがたはもはや奴隷ではなく、子です。子ならば、神による相続人です」とある通りです。多くの人は、私たちが神の国を受け継ぐのは、遠い先のことと考えています。けれども、神の国は、キリストの再臨とともにやってくるもので、キリストの再臨がいつあるかは、私たちには知らされていません。それは私たちが思うよりも近いかもしれないのです。ですから、神の国を受け継ぐのを、遠い先のことばかりと考えてはいけないと思います。

 一人ひとり人生の歩み方は違いますが、多くの人は、自分がやりたい仕事をするため学校で勉強し、卒業するまでに就職のことを考え、就職したら結婚を考え、結婚したら子育てを考え、子育てを終えるころには老後のことを考えます。いつも何年か先のことを考え、やがて来るものために準備をしています。「では老後の先は」というと、多くの人は、その後のことを知りませんし、その準備をしていません。キリスト者にとって、老後の後は、神の国です。地上の人生は、神の国への準備です。この準備ができているか、将来の保証を持っているかどうかは、今を生きるために大切なことなのです。

 神は、神の子どもたちに、神の国を受け継ぐことの保証を与え、今の生活を意味ある、確かなものにしてくださいました。そして、その保証が聖霊なのです。エペソ1:13-14に「またあなたがたも、キリストにあって、真理のことば、すなわちあなたがたの救いの福音を聞き、またそれを信じたことによって、約束の聖霊をもって証印を押されました。聖霊は私たちが御国を受け継ぐことの保証であられます」とあります。ここに「聖霊の証印」という言葉がありますが、これは、牧場主が、牧場の家畜に、牧場主の名前の入った焼印を押すことを意味しています。それによってその家畜がどの牧場の家畜かを区別したのです。現代では IC チップが使われますが、同じように、聖霊は、私たちの内にいて、私たちが神のもの、神の子どもであり、やがて、神の国を相続することの保証となってくださっているのです。イエス・キリストを信じて救われた者は、聖霊の守りの中で救われ続け、そして、将来、かならず救われます。やがて天の栄光に迎え入れられ、神の国を受け継ぐのです。私たちは万全の保証で守られているのです。

 また、神の国を相続するのは、将来のことだけでなく、今、ここでも、私たちは、神の国を体験しています。天に積んだ宝は、それが神の国では何万倍にもなって報われるのですが、地上でもその配当を受け取ることができます。聖書に証しされているように、神に従った人は、みな、満ち足りた人生を送っています。たとえ、貧しさの中にあったとしても、「信仰に富む者」とされ、信仰による知恵、力、命、喜びに満たされます。

 教会に集う私たちは、皆、生まれた国も、出身地も違い、境遇も違います。けれども、信仰者たちには、共通したものがあります。私たちは皆、同じ父の子ども、神の家族です。私たちは皆、声を揃えて、神を「アバ、父」と呼びます。「われらの父よ」と共に祈ります。「全能の父なる神」を共に告白します。わたしたちの来たところは違いますが、行くところは同じで、それは天です。地上の国籍は違っても、同じ天に生まれた者です。私たちは皆、祖国に帰るのです。聖霊は、ペンテコステにこの地上に降りてこられ、世界の救いのために働いておられます。聖霊が、神の家族をもっと生みだし、神を「父」と呼ぶ人を増やし、神の国を目指す人々を加えてくださるよう祈りましょう。そして、聖霊の働きを日々に体験し、さらに神をあがめましょう。

 (祈り)

 私たちに聖霊をお与えくださった主なる神さま、私たちのために、聖霊がしてくださったことを確認することができ、感謝します。聖霊は今も、私たちとこの世界のために働き続けておられます。小さいことや力の無いことを嘆くのでなく、聖霊の力強いお働きに、信頼して歩む私たちとしてください。主イエスのお名前で祈ります。

5/23/2021