エステルの信仰

エステル記4:8-16

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4:8 モルデカイはまた、ユダヤ人を滅ぼすためにシュシャンで発布された法令の文書の写しをハタクに渡し、それをエステルに見せて、事情を知らせてくれと言い、また、彼女が王のところに行って、自分の民族のために王にあわれみを求めるように彼女に言いつけてくれと頼んだ。
4:9 ハタクは帰って来て、モルデカイの伝言をエステルに伝えた。
4:10 するとエステルはハタクに命じて、モルデカイにこう伝えさせた。
4:11 「王の家臣も、王の諸州の民族もみな、男でも女でも、だれでも、召されないで内庭にはいり、王のところに行く者は死刑に処せられるという一つの法令があることを知っております。しかし、王がその者に金の笏を差し伸ばせば、その者は生きます。でも、私はこの三十日間、まだ、王のところへ行くようにと召されていません。」
4:12 彼がエステルのことばをモルデカイに伝えると、
4:13 モルデカイはエステルに返事を送って言った。「あなたはすべてのユダヤ人から離れて王宮にいるから助かるだろうと考えてはならない。
4:14 もし、あなたがこのような時に沈黙を守るなら、別の所から、助けと救いがユダヤ人のために起ころう。しかしあなたも、あなたの父の家も滅びよう。あなたがこの王国に来たのは、もしかすると、この時のためであるかもしれない。」
4:15 エステルはモルデカイに返事を送って言った。
4:16 「行って、シュシャンにいるユダヤ人をみな集め、私のために断食をしてください。三日三晩、食べたり飲んだりしないように。私も、私の侍女たちも、同じように断食をしましょう。たとい法令にそむいても私は王のところへまいります。私は、死ななければならないのでしたら、死にます。」

 聖書には、女性の名前で呼ばれる書物が二つあります。ひとつは「ルツ記」です。モアブの女性であったルツがしゅうとめのナオミとベツレヘムにやってきて、ボアズと結婚し、ボアズとの間に生まれた子どもからダビデが生まれるという物語で、このダビデの子孫からイエスが生まれました。ルツの名は、イエスの系図に記されています(マタイ1:5-6)。

 もうひとつは「エステル記」です。ルツの時代は紀元前1200年ころですが、エステルが王妃になったのはアハシュエロスの第七年目ですから紀元前480年で、今からちょうど2500年前のことになります。ルツ記の舞台はのどかなベツレヘムですが、エステル記の舞台は、当時の世界の富と権力の頂点に立つペルシャの都シュシャンです。それぞれに年代も場所も違いますが、どちらも、まるで小説のように書かれており、読むだけでふたりの女性の信仰と、それに答えて働いてくださった恵み深い神の働きを手にとるように知ることができます。

 きょうは、エステル記から、エステルの信仰について、三つのことをお話ししたいと思います。

 一、信仰の自覚

 その第一のことは、エステルが自分が神の民であるというはっきりした自覚を持っていたということです。

 エステルの名前が最初に出てくるのは、エステル記2:7で、こう書かれています。「モルデカイはおじの娘ハダサ、すなわち、エステルを養育していた。彼女には父も母もいなかったからである。このおとめは、姿も顔だちも美しかった。彼女の父と母が死んだとき、モルデカイは彼女を引き取って自分の娘としたのである。」エステルは幼いころ、両親を失ったため、モルデカイの養女となり、その家族の中で育てられました。モルデカイは、堅く信仰に立っていた人でした。彼は、ネブカデネザルの時代に、ユダの王エホヤキン(エステル記では「エコヌヤ」)と一緒にバビロンに連れてこられたベニヤミン族の人キシュから四代目にあたる人です。四代目ともなると、ユダヤ人としてのアイデンティティを失いかけていたかもしれませんが、モルデカイはそうではありませんでした。エステル記2:20に「エステルはモルデカイに養育されていた時と同じように、彼の言いつけに従っていた」とあるように、エステルは、モルデカイから信仰を受け継ぎ、王妃となっても、モルデカイから教えられたことに忠実に従っていました。

 バビロンの時代にユダヤから連れてこられたダニエルと三人の若者たちは、律法にそっていない食べ物を断りました。ダニエルたちは「郷に入りては郷に従え」ということわざのように、バビロンに来たからにはバビロン風に生きればいいのだとは考えず、あくまでも神の民として生きようとしました。ふつう、若い人たち、親から聞いたことよりも、友だちから聞いたことを信じ、それに従うものです。しかし彼らは先祖から伝えられた信仰を堅く守りました。エステルもまだうら若い女性でしたが、同じように自分は神の民、神を信じ、神に従う者だという自覚をしっかりと保っていました。

 堅く信仰を持っている人は、まわりの人々から、融通のきかない頑固な人、時代に乗り遅れた人、現代のことばでいえば「空気の読めない人」などと言われるかもしれません。しかし、聖書は「すべての人に対して寛容でありなさい」(テサロニケ第一5:14)と教えると共に、「すべてのことを見分けて、ほんとうに良いものを堅く守りなさい。悪はどんな悪でも避けなさい」(テサロニケ第一5:21-22)とも命じています。神を信じる者には、寛容とともに、信仰に立つ、良い意味での頑固さも求められているのです。そして、神はそうした信仰の自覚を保っている人々を祝福し、他の人々のために用いてくださるのです。

 二、信仰の覚悟

 第二に、エステルは信仰の覚悟を持っていました。

 アハシュエロス王は側近のハマンという人を重く用いました。しかし、このハマンは、高慢で、悪賢く、自分のことしか考えない人物でした。ハマンはユダヤ人であるモルデカイを憎んで、ペルシャ中のユダヤ人を皆殺しにし、財産を奪っても良いという法律をつくり、アハシュエロス王を言いくるめて、それを認めさせました。それはエステル記3章に書かれています。

 ハマンはモルデカイが王妃エステルの養父であることを知りませんでした。知っていたらこんな企てはしなかったでしょう。アハシュエロス王もエステルがユダヤ人であることを知りませんでした。また、エステルも政治とは関わりを持ちませんでしたから、このような法律ができたことを知りませんでした。エステルがそのことを知ったのは、モルデカイからの伝言によってでした。

 エステルはそれを知って、驚き、悲しみました。しかし、自由に王のところに行って嘆願することはできません。王のほうから呼ばれるのでなければ、王妃といえども、誰ひとり王のもとに行くことができなかったのです。古代の王たちは暗殺者を防ぐために、みな、そうした法令を持っており、この法令を破った者は死刑になりました。エステルは法令を破ってまで王のところに行くのをためらっていました。

 そんなエステルに、命がけで王のところに行かせたのはモルデカイの言葉でした。「あなたはすべてのユダヤ人から離れて王宮にいるから助かるだろうと考えてはならない。もし、あなたがこのような時に沈黙を守るなら、別の所から、助けと救いがユダヤ人のために起ころう。しかしあなたも、あなたの父の家も滅びよう。あなたがこの王国に来たのは、もしかすると、この時のためであるかもしれない。」(エステル記4:13-14)モルデカイが言うように、すべてのユダヤ人が殺されても、エステルは王妃だからというので、助かるでしょう。しかし、エステルは自分だけが助かればそれで良いとする人ではありませんでした。エステルは、同胞の命が救われるなら、自分ひとりの命はどうなっても良いと決心しました。そして、こう言いました。「たとい法令にそむいても私は王のところへまいります。私は、死ななければならないのでしたら、死にます。」(エステル記4:16)

 「私は、死ななければならないのでしたら、死にます。」これはなんときっぱりとした信仰の言葉でしょうか。これはダニエルの三人の友人が燃える炉の中に投げ込まれようとしたときに言った言葉に通じるものです。彼らは、こう言いました。「もし、そうなれば、私たちの仕える神は、火の燃える炉から私たちを救い出すことができます。王よ。神は私たちをあなたの手から救い出します。しかし、もしそうでなくても、王よ、ご承知ください。私たちはあなたの神々に仕えず、あなたが立てた金の像を拝むこともしません。」(ダニエル3:17-18)

 現代のアメリカでは、命がけで信仰を持たなければならないことはありません。信仰の自由が保証され、迫害から守られています。しかし、信仰の歩みの中では、それこそ命がけのような思い切った決断をしなければならないこともあるでしょう。エステルは、柔和な、まだ若いひとりの女性でしたが、彼女の内面にはそうした「信仰の覚悟」がありました。危険を冒してまで、彼女を王のもとに行かせたのは、そのような「信仰の覚悟」だったのです。

 三、導きへの信頼

 第三に、エステルは神の導きを求め、それに信頼する信仰を持っていました。

 エステルは決死の覚悟で王に近づきましたが、王はエステルが王宮の玉座に近づくのを許しました。そのとき、エステルが王に願ったのは、「ハマンが作ったユダヤ人攻撃の勅令を取り消してください」ということではありませんでした。王宮でいきなりそんなことを話すことはできません。そこで、エステルは「王とハマンとを宴会に招きたい」という願いを述べました。第一回目の宴会が終わったときもエステルは本当の願いを口にせず、「二回目の宴会を開きますから、もういちどおいでください」と言うだけでした。ユダヤの人々を救うのはエステルの身にかかっていましたが、エステルは決して事を急ぎませんでした。自分の情熱や知恵だけで物事を進めず、神の時を待ちました。王とハマンを宴会に招くことは、きっと断食の祈りの中で神から示されたことだったのでしょう。

 一度目の宴会の後、王は、モルデカイが、王の命を狙っていた二人を捕らえ、王の命を守ったのに、まだ褒美を与えていないことを知りました。そのとき、モルデカイを取り除こうとする計画を立てていたハマンが、それを告げるために王のところに来ました。王が、ハマンに「王が栄誉を与えたいと思う者には、どうしたらよかろう」(エステル6:6)と相談すると、ハマンはそれは自分のことだと思って、最大級の栄誉を与えるようにと提案しました。その結果、モルデカイがハマンに勝って重く取り立てられることになり、ハマンのモルデカイに対する計画は挫折してしまいました。エステルは二度目の宴会の席でハマンの計略を王に明かしました。その結果、ペルシャ全土のユダヤの人々が救われました。こうしたことはエステル記の5章以降に書かれています。

 エステル記は信仰の書物であり、聖書のひとつなのですが、不思議なことに、そこには「神」や「主」という言葉がありません。けれども、エステル記を読む人はだれでも、エステルが王妃になったこと、ハマンの悪巧みが罰され、モルデカイが王に次ぐ地位を得たこと、ペルシャ全土のユダヤの人々が救われたのは、まさに神の働きであったということを知ることができます。信仰を持たない人は、どんなに不思議なことが起こっても、それはただ偶然に起こったことだと言って、神を認めることはしません。しかし、そうした偏見を捨てて物事を見るとき、そこに神が働いておられることを認めることができます。エステル記は「神」という言葉を使うことなく、神を示しています。それは、見えない神を日常のことがらの中で認めること、また、日常のことがらを通して見えない神を示すことを、私たちに教えるためだったと思います。

 「エステル」という名にはペルシャ語で「星」という意味があるそうです。映画俳優や女優などは「スター」と呼ばれますが、エステルは、その人たち以上に輝く星(スター)でした。エステルの容姿も輝くようだったのでしょうが、エステルには、もっと大切な輝き、信仰の輝きがありました。聖書はこう教えています。「すべてのことを、つぶやかず、疑わずに行ないなさい。それは、あなたがたが、非難されるところのない純真な者となり、また、曲がった邪悪な世代の中にあって傷のない神の子どもとなり、いのちのことばをしっかり握って、彼らの間で世の光として輝くためです。」(ピリピ2:14-16)時代が暗くなればなるほど、よりいっそう明るく輝く者となりたいと思います。信仰の自覚と、その覚悟、また神への信頼によって、見えない神を人々に示す者となりたく思います。

 (祈り)

 主なる神さま。あなたは世界と人をお造りになり、人類の歴史に、また私たちの人生に、働き続けておられます。あなたは、あなたに信頼を寄せたひとりの若い女性を用いて大帝国の政策を変え、ひとつの民族全体を救ってくださいました。私たちも、小さな者に過ぎませんが、人々の救いのため、あなたに用いていただける者としてください。救い主イエス・キリストによって祈ります。

2/2/2020