危機一髪

使徒23:11-16

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23:11 その夜、主がパウロのそばに立って、「勇気を出しなさい。あなたは、エルサレムでわたしのことをあかししたように、ローマでもあかしをしなければならない。」と言われた。
23:12 夜が明けると、ユダヤ人たちは徒党を組み、パウロを殺してしまうまでは飲み食いしないと誓い合った。
23:13 この陰謀に加わった者は、四十人以上であった。
23:14 彼らは、祭司長たち、長老たちのところに行って、こう言った。「私たちは、パウロを殺すまでは何も食べない、と堅く誓い合いました。
23:15 そこで、今あなたがたは議会と組んで、パウロのことをもっと詳しく調べるふりをして、彼をあなたがたのところに連れて来るように千人隊長に願い出てください。私たちのほうでは、彼がそこに近づく前に殺す手はずにしています。」
23:16 ところが、パウロの姉妹の子が、この待ち伏せのことを耳にし、兵営にはいってパウロにそれを知らせた。

 一、パウロの苦しみ(使徒21章)

 パウロは、自分が受けた苦しみをこんなふうに数えあげています。「ユダヤ人から三十九のむちを受けたことが五度、むちで打たれたことが三度、石で打たれたことが一度、難船したことが三度あり、一昼夜、海上を漂ったこともあります。幾度も旅をし、川の難、盗賊の難、同国民から受ける難、異邦人から受ける難、都市の難、荒野の難、海上の難、にせ兄弟の難に会い、労し苦しみ、たびたび眠られぬ夜を過ごし、飢え渇き、しばしば食べ物もなく、寒さに凍え、裸でいたこともありました。」(コリント第二11:24-27)これは、パウロが三回にわたって果たした伝道旅行を振り返って書いたものです。「使徒の働き」に書かれている以外にも、パウロは、こんなに多くの患難を通ってきたのです。それは、命がいくらあっても足らないような患難でしたが、神はそのつど、パウロをそこから救い、守ってくださいました。

 こうした患難の中で、一番パウロを苦しめたのは、「同国民から受ける難」とあるように同じユダヤ人から受けたものだったと思われます。福音を受け入れたのは、主にユダヤ人ではない人たち、異邦人で、ユダヤ人は各地でパウロに反対し、その町から追い出しただけでなく、パウロが行った先の町まで駆けつけ、そこで騒ぎを起こしたりしました。私は、何人もの日本人から、「同じ日本人だからと心を許したところ、とんでもない扱いを受けて、つらい思いをしました」という体験を聞いてきました。自分が生まれた国ではないところにいる私たちですから、「同国民から受ける難」を少しは理解できるかもしれませんが、パウロの受けた苦しみは、私たちの受ける苦しみと性質も程度も違っていました。

 なぜ、ユダヤの人々はそんなにもパウロを憎んだのでしょうか。当時のユダヤの人々は、神を信じる異邦人にもユダヤの律法を強要していました。しかし、パウロは、人を救うのは律法のしきたりを守り行うことによってではない。ユダヤ人であっても異邦人であっても、キリストを信じる信仰が人を救うのだと説きました。それで、キリストを信じようとしないユダヤ人やキリストを信じる信仰よりもユダヤの伝統を守ることに価値を置く人たちは、パウロに反対し「異邦人の中にいるすべてのユダヤ人に、子どもに割礼を施すな、慣習に従って歩むな、と言って、モーセにそむくように教えている」(使徒21:21)などと言って中傷しました。

 しかし、それは根拠のないものでした。パウロは、異邦人にユダヤの律法を強要しませんでしたが、ユダヤ人がユダヤの慣習を守ることには反対していません。テモテに割礼を受けさせていますし、彼自身もユダヤの律法に従って誓願を立てていました。そして、エルサレムに上ったおり、誓願の期間が満ちたので、誓願を立てていた他の人たちと一緒に供え物をささげるために神殿に詣でたのです。

 ところが、パウロに反対していた人たちは、神殿でパウロを見つけると、こう叫びました。「イスラエルの人々。手を貸してください。この男は、この民と、律法と、この場所に逆らうことを、至る所ですべての人に教えている者です。そのうえ、ギリシヤ人を宮の中に連れ込んで、この神聖な場所をけがしています。」(使徒21:28)これは言いがかりに過ぎません。パウロと一緒にいたのはみなユダヤの人々ばかりで、パウロは律法に従って行動していました。神殿はユダヤ人にとって最も神聖なものでしたから、彼らは、パウロを攻撃するためにそう言って、人々をあおったのです。彼らは、律法に熱心であったから、神殿を尊重していたから、パウロに反対したのでなく、キリストを信じたくなかったからだけでした。

 神は、ユダヤの人々を選び、彼らにキリストの到来を予告し、キリストをユダヤ人として生まれさせ、ユダヤの人々が真っ先にキリストを信じることを願っておられたのに、彼らはそれを拒否したのです。人々の不信仰、これが、パウロが受けた苦しみの原因でした。それは、使徒7章のステパノの説教の中にある通りです。ステパノはその説教で、「あなたがたは、御使いたちによって定められた律法を受けたが、それを守ったことはありません」(使徒7:53)と言いました。ステパノがそう語ったとき、人々はステパノを町の外に連れ出し、石で打って殺したのですが、そのとき、人々の上着を預かった青年がサウロ、かつてのパウロでした(使徒7:58)。パウロも、ステパノの説教を聞いていたのに、その時は、他のユダヤ人と同じように、神に逆らい、キリストを信じようとしなかったのです。しかし、神の恵みによってキリストを信じる者となりました。そして、どんなに、同国人に苦しめられても、彼らもまた自分と同じようにキリストを信じる者になってほしいと願って、こうした苦しみに耐えて、キリストを証しし続けてきたのです。

 二、パウロの証(使徒22章)

 反対者たちは神殿で騒ぎを起こし、パウロを神殿から引きずり出しました。そして、パウロに襲いかかろうとした時です。エルサレムの治安を担当していたローマの千人隊長がその中に割って入り、パウロを捕まえ、鎖につなぎました。千人隊長がパウロの身柄を兵営の中に入れようとしたとき、パウロは、千人隊長に「人々に話をさせてほしい」と願い出ました。普通なら、そんな願いは聞かれるはずがないのですが、神の特別な働きにより、それが許され、パウロは、鎖につながれた手をふりながら、人々に、イエス・キリストとの出会いを語り出しました(使徒22:21-22)。人々が自分を訴えて押し迫っている、そんな状況の中では、誰もが、自分の身の安全を第一に考えるものですが、パウロは、自分のことよりも、キリストを証しすることを第一に考えました。キリストを証しする機会があれば、どんな場所でも、どんな状況でも、キリストを伝えたい、福音を語りたいという情熱が、彼の心にあったのです。

 ギリシャの哲学者は、人にものを伝えようとするには三つのものが必要だと言いました。「ロゴス」、「エソス」、「パソス」、つまり、論理、倫理、情熱です。論理の無いもの、真理に矛盾するものは、当然、人には伝わりません。また、いくら論理が正しくても、その内容が倫理に反するものであれば、それもまた受け入れられません。しかし、論理が正しく、倫理的にも素晴らしいものであっても、それが情熱をもって語られなければ、人の心には届かず、受け入れられないのです。的に矢を当てることに例えるなら、論理は「的」です。的外れな議論には意味がありません。倫理は「矢」です。真っ直ぐな矢でなければ、真っ直ぐ「的」に向かって飛びません。しかし、その「矢」を飛ばす力は、「弓」にあります。語る人の情熱が、その言葉を人の心に届けるのです。情熱のない、眠気がするような話では、誰も聞いてくれません。私たちがキリストを証しする情熱は、私たちがキリストに出会った体験から生まれます。しかし、それは、カビの生えた昔話として語られてはなりません。語る者が、日々、キリストに出会っていることによって、それは、キリストとの出会いが、今、ここで起こることとして語られなければならないのです。

 私は日本の神学校で、毎年、羽鳥明先生の講義を受けました。先生は、どんな課目でも、最初の講義で、ご自分の救いの体験を話しました。16歳のときバーネット先生に導かれてイエス・キリストを信じたこと、アメリカ留学中にバーネット先生が亡くなったとの知らせを受け、献身の思いを新しくしたことなどを涙をぬぐいながら話されました。毎回、全く同じ話でしたが、聞くたびに感動があるのです。先生は静かに語りましたが、そこには、本物のキリストへの愛が、その愛から生まれた情熱がありました。「情熱をもって語る」と言っても、身振り手振りを加えて、大声で話す必要はありません。そうしたことは、度が過ぎると芝居じみて、真実さが伝わりません。訥々とした話でもいいのです。「キリストが私を救ってくださった。あなたも救われて欲しい」と願う、神と人への愛が原動力となった証が、人々にキリストを届けるのです。

 三、パウロの救い(使徒23章)

 人々はパウロの証しを静かに聞いていましたが、反対者たちが騒ぎ出したため、パウロの話は途中で遮られ、パウロは兵営の中に連れて行かれました。

 その翌日、千人隊長は、ユダヤの最高法院を召集させ、パウロを祭司長や議員たちの前に立たせました。パウロが「兄弟たち。私はパリサイ人であり、パリサイ人の子です。私は死者の復活という望みのことで、さばきを受けているのです」(使徒23:6)と言ったため、議会が混乱しました。千人隊長は、パウロを保護するため、パウロを再び兵営に連れ戻しました。

 その夜のことです。主がパウロのそばに立って、「勇気を出しなさい。あなたは、エルサレムでわたしのことをあかししたように、ローマでもあかしをしなければならない」と言われました(11節)。パウロは同じようなことをコリントでも体験しています。使徒18:9-10にこうあります。「ある夜、主は幻によってパウロに、『恐れないで、語り続けなさい。黙ってはいけない。わたしがあなたとともにいるのだ。だれもあなたを襲って、危害を加える者はない。この町には、わたしの民がたくさんいるから』と言われた。」

 「恐れるな」、「勇気を出しなさい」という言葉がパウロに与えられたということは、パウロが恐れたり、勇気を失くしたりしたことを表しています。聖書には勇敢に信仰に生きた「信仰の勇者」たちが大勢登場しますが、パウロはその一人でした。けれども、聖書はパウロや他の信仰者たちが決して恐れることも、弱くなることもなかったと言ってはいません。力強い信仰の生涯を送った人も、一日一日を取り上げれば、恐れや迷いの中にいる日もあり、アップ・ダウンがありました。しかし、その人たちが、落ち込んでも沈み込まなった、弱くなっても倒れてしまわなかったのは、そのつど、神の救いと助けを願い求め、神の恵みによって強くされていったからです。

 私たちが強いか弱いか、能力があるかないか、賜物が与えられているかいないか、それは、信仰の歩みや神のための働きにとって大きな問題ではありません。大切なのは、私たちを強くしてくださる神の恵みです。パウロは「私はほかのすべての使徒たちよりも多く働きました。しかし、それは私ではなく、私にある神の恵みです」(コリント第一15:10)と言っています。ある著名な神の働き人は「私はとても臆病な人間です」と告白していました。しかし、それだからこそ、その人は神に頼り、神の恵みによって強くされ、神のために大きな働きをすることができたのです。

 主が、パウロに「勇気を出しなさい」と言われたのは、パウロを暗殺しようとする計画が立てられている時でした(12節)。しかし、パウロの「姉妹の子」(甥)が、そのことを耳にし、それをパウロと千人隊長に知らせました。千人隊長は、すぐに歩兵二百人、騎兵七十人、槍兵二百人を準備させ、その夜のうちに、パウロを総督のいるカイザリヤに送りました。こうしてパウロは間一髪のところで暗殺から救われました。まるで、映画の一場面のようですが、神がパウロの家族やローマの千人隊長を用いて、パウロを守ってくださったのです。

 11節に「主がパウロのそばに立って…」とありました。「そばに立つ」というのは「味方になる」という意味です。主が味方であれば、どんなに多くの人が反対したとしても、勝利は主に信頼する者にやってくるのです。「神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。」(ローマ8:31)困難なとき、私たちも、主が私たちのそばに立っていてくださることを知りましょう。主が私たちの味方であることを信じて、すべてを主に委ねましょう。

 (祈り)

 「正しい者の悩みは多い。しかし、主はそのすべてから彼を救い出される。」(詩篇34:19)父なる神さま、きょう、私たちは、主がパウロのそばに立ち、強めてくださったので、パウロが多くの苦しみの中でも、キリストを証しし続けることができたことを学びました。私たちも、あなたの恵みによって力づけられて歩むことができるよう、助け、導いてください。救い主、イエス・キリストのお名前で祈ります。

7/11/2021