祈りの花束

福音の奥義の祈り

カソリックのデボーションの中で最もポピュラーなものは、なんといっても「ロザリー」でしょう。ロザリーでは、"Our Father"(主の祈り)を祈ってから

Hail Mary, full of grace, the Lord is with you. Blessed are you among women and blessed is the fruit of your womb, Jesus.
おめでとう、恵まれた方。主があなたとともにおられます。あなたは女の中の祝福された方。あなたの胎の実、イエスも祝福されています。
Holy Mary, mother of God, pray for us sinners now and at the hour of our death. Amen.
聖マリヤ、神の母。今も、死の時も、私たち罪人のために祈ってください。
と10回唱えます。"Our Father" と10回の "Hail Mary" を5回くりかえすのがロザリーの祈りで、そのためロザリーのビーズは、50個の "Hail Mary" ビーズが 10個づつ、5個の "Our Father" ビーズで区切られています。

プロテスタントのクリスチャンにとって、"Hail Mary" は唱えるのには、それが神のみを礼拝せよという十戒を犯していると考え、抵抗があるかもしれません。カソリックのクリスチャンは、それに対して、「私たちは母マリヤを尊敬しているが、礼拝しているわけではない。十戒にも、神を礼拝することと、父と母を敬うことが矛盾無く並べられている。父、母を敬うことを通して神を礼拝するように、母マリヤへの尊敬を通して、主イエスを礼拝し、主イエスに祈っている。」と答えるでしょう。エリサベツはマリヤを「私の主の母」(ルカ1:43)と呼び、「エペソ公会議」(431年)で、マリヤを「神の母」と呼ぶことが公式に認められました。それは、キリストの神性を否定する異端説を斥けるためでした。マリヤが「神の母」と呼ばれるのは、マリヤが父なる神の「母」、聖霊の「母」であるという意味ではなく、ましてや「母なる神」という意味でもありません。子なる神の「母」であるという意味です。主イエスは「母」を持つことによってまことの「人」となられたのであって、マリヤを「神の母」と呼ぶことは、とりもなおさず、主イエスを「神の御子」と呼ぶこと、また、神であり、同時に人であるという神学的な真理を擁護するうえで、重要なことだったのです。

神の御子が人となられたことを「受肉」と言いますが、この「受肉」を可能にしたのが、「処女降誕」です。それで「使徒信条」や「ニケア信条」は主イエスが「処女マリヤより生まれた」と告白しているのです。女性が母であり同時に処女であるというのは、常識的には矛盾したことですが、処女降誕は、神の御子の受肉という最大の奇蹟を実現するための奇蹟だったのです。そして、そのために選ばれたのがマリヤでした。マリヤなしに主イエスは世においでになれなかったのです。しかし、マリヤが主イエスのためにしたのは、主が世においでになるためにそのからだを提供したということだけではありません。それなら「代理出産」の役割を果たしただけになってしまいます。母マリヤはそれ以上のことをしています。主イエスを産むだけでなく、主イエスを守り、教え、育てました。母マリヤは、主イエスを信じ、主イエスの最初の奇蹟の証人となりました。主イエスに従い、その十字架に至るまでも従い通し、主イエスと苦しみを共にしています。ペンテコステの日に聖霊を受け、初代教会で大切な役割りを果たしました。

"Hail Mary" の前半は、聖書のことばそのものです。それは、天使とエリサベツがマリヤに告げたことば(ルカ1:28、1:42)ですが、それは、マリヤに対する特別な恵みと祝福だけでなく、主イエスを信じる者たちへの恵みと祝福につながっています。神は、罪を犯して神から離れていった人類を救うために、マリヤを選び、救いのみわざを開始されました。主イエスを信じる者は、このことばによって、私たちの救いが神の恵みの選びからはじまっていることを覚えるのです。

"Hail Mary" の後半は、母マリヤにとりなしを願うものです。教会のかしらである主イエスは大祭司として私たちのためにとりなしておられます。しかし、それと同時に、キリストの肢体につながる聖徒たちもまた、キリストの祭司職にあずかり、他の肢体のためにとりなします。キリストのからだである教会は、地上だけに限定されず、天にある聖徒たちをも含みます。天にある聖徒たちは地上の聖徒たちのためにとりなしています。「使徒信条」が言う「聖徒のまじわり」は、地上の聖徒たちの相互のフェローシップのことだけでなく、天にも地にも、時代を越えて存在しているキリストのからだのまじわりを指しています。それで、カソリックのクリスチャンは天において聖とされた母マリヤのとりなしを願うのです。

カソリックのロザリーでは、"Hail Mary" を唱えながら、主イエスのご生涯とみわざに表された神の救いのみわざを黙想します。それは全部で20あり、それぞれ5つづつに分かれています。したがって、ロザリーを一巡すると、「喜びの奥義」 、「光の奥義」、「悲しみの奥義」、「栄光の奥義」のそれぞれをすべて祈ることができようになっています。「光の奥義」は近年になって付け加えられたもので、カソリック教会では、月曜日に「喜びの奥義」 、火曜日に「悲しみの奥義」、水曜日に「栄光の奥義」、木曜日に「光の奥義」、金曜日に「悲しみの奥義」、土曜日に「喜びの奥義」、日曜日に「栄光の奥義」を祈っています。

Joyful Mistery(喜びの奥義)
  • The Annunciation(マリヤへの受胎告知)
  • The Visitation(マリヤ、エリサベツを訪問)
  • The Nativity(降誕)
  • The Presentation(八日目にイエスを奉献する)
  • The Finding of Jesus in the Temple(神殿でイエスを見つける)
Luminous Mystery(光の奥義)
  • The Baptism of Jesus(イエスの洗礼)
  • The Wedding at Cana(カナでの婚礼)
  • The Kingdom of God(神の国の宣教)
  • The Transfiguration(変貌)
  • The Eucarist(主の晩餐)
Sorrowful Mystery(悲しみの奥義)
  • The Agony in the Garden(ゲツセマネの園での祈り)
  • The Scourging at the Plillar(むち打たれたイエス)
  • The Crowning with Thorns(茨の冠を受けたイエス)
  • The Carring of the Cross(十字架を背負われたイエス)
  • The Crucifixion(十字架の死)
Glorious Mystery(栄光の奥義)
  • The Resurrection(復活)
  • The Ascension(昇天)
  • The Descent of the Holy Spirit(聖霊降臨)
  • The Assumption(マリヤの被昇天)
  • The Coronation(マリヤの戴冠)

ロザリーの祈りは「ルカの福音書」に基づいたものであり、母マリヤの目を通して主イエスとその救いのみわざを想いみるもの、つまり、福音の奥義を祈るものです。「マリヤの被昇天」と「マリヤの戴冠」はカソリックに独自な教理ですので、プロテスタントのクリスチャンはそのかわりに「主イエスの再臨」と「永遠の神の国」を想いみて祈ると良いでしょう。カソリックのクリスチャンもまた、たんに "Hail Mary" を繰り返すだけでなく、福音の奥義にもっと心を向けることが、ロザリーの目的にかなっていると思います。