USA Diary

February, 2015

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2月1日(月)老人ホームへの訪問のあと、午後から、庭仕事をと、思いながら、できませんでした。暖かい日が続く間に、フロントヤードを、少しはきれいにしておきたいと思っています。あまり、部屋の中にばかりいるのはよくないので、夕方散歩にいきました。きょうは、きのうより、風が強くはありませんでした。「言い訳し きつい仕事は 後回し」
2月2日(火)電気会社から、ほんの少しですが、リベートが来ました。去年の夏はあまり暑くなく、この冬も暖かいので、電気をあまり使わなかったためだそうです。ふつうは、物をたくさん買うと「おまけ」がついてくるのですが、電気の場合は、買うのを減らしたほうが「おまけ」がついてきます。不思議なものです。「最初から まけてくれれば いいものを」
2月3日(水)教会の年度は1月〜12月なので、年末から年始にかけて事務的なことが多く、総会のあとはそのまとめもしなければなりません。ウェブページも年度の切り替えのための調整が必要です。あれやこれやで日々が過ぎていきます。あれやこれ これやあれやで もう二月」
2月4日(木)この冬は暖かくて助かるのですが、このところ、雨がないので、ひと雨欲しいところです。「暑い」「寒い」「雨が欲しい」「雨ばかりで困る」など、人間は文句が多く、「お天気」も「うるさい」と思っているかもしれません。「うるさいな 俺は天気さ 気まぐれさ」
2月5日(金)日曜日の礼拝メッセージの準備を木曜日に終えると、金曜日は週報とスライドの準備が待っています。スライドの準備は、早く終わるときもあれば、時間のかかるときもあります。以前のスライドのない賛美が選ばれると、楽譜をスキャンし、英語の歌詞を探し、それを埋めていくという作業が増えますので、結構たいへんです。楽譜があったほうが歌いやすいのですが、音符に気をとられ、歌詞を味わうことが少なくなるような気がします。私は、賛美を歌うときは、ほとんどの場合、歌詞しかみません。「歌うたび 涙こぼれる 歌がある」
2月6日(土)賛美の歌詞は、日本語訳が英語の原詩にまさっているときもあれば、英語の歌詞のほうが優れていると思えるときもあります。英語の歌詞を読み、感動することもしばしばです。そして、賛美の歌詞をそのまま祈りの言葉として祈っているときも多くあります。「世につれて 変わらぬ歌は 賛美の詩」
2月7日(日)きょうの夕礼拝では、日本宣教の歴史・プロテスタント篇を学びました。日本人が日本のことを知らないのは恥ずかしいことですので、日本に宣教してくださった宣教師や先達のキリスト者のことをちやんと知っていたいと思います。「気骨ある 昔の聖徒 今遠く」
2月8日(月)今年の秋はせっせと枯れ葉をかき集めたので、ヤードがきれいになっています。でも、枯れ葉を袋詰したものがいっぱいになったので、刈り取った枝もいっしょに、ヤードトラッシュに出すことにしました。木曜日の回収のために、もう少し庭の手入れをしました。「手をかけて 見慣れた庭も 美しく」
2月9日(火)Fr Larry の説教をラジオで耳にし、とてもよかったので、インターネットで何年か分をダウンロードしました。彼は「自分たちの教会は世界でいちばん<エヴァンジェリカル>だ」と言っています。それは「伝道的」という意味ですが、同時にとても「福音的」でもあると思いました。「心では 教え違えど 通じ合う」
2月10日(水)ダラスで働いている日本語牧師の会をしました。たった三人だけですが、お互いの様子を知ることができて、有益な時を持ちました。次回は6月にやりましょうということで、祈り合って別れました。「まず一歩 三人寄って 祈り合う」
2月11日(木)家庭集会では創世記を学んでいます。風邪や子どもの検診などで来れなかった人も多かったのが残念ですが、質問なども出て良い学びの時となりました。「御言葉を 学んでうれし 春の午後」
2月12日(金)明日、わが夜に若い人たちを招いているので、韓国マーケットに食糧の買い出しに行きました。はじめて行ったときには、どこに何が置いてあるのか分からず迷いましたが、今では、店の様子も分かって、効率よく買い物ができるようになりました。「数多く 来れば覚える 店もある」
2月13日(土)教会に来ている学生ふたりの誕生パーティをわが家でしました。ふたりは従兄弟どうしで、同じ月に生まれました。他に招いたのは男の子ばかりで、話も、日本人の戦争観などに及びました。女の子がいないと静かですが、でも寂しいパーティではありませんでした。「人が来て 掃除も綺麗 いつもより」
2月14日(日)きょうは、いままで教会の中心となってくれていた姉妹といっしょに礼拝を守ることができました。霊的なことを分かり合える人がいてくれるということはとてもうれしいことです。「春が来た 会ってうれしい 人が来て」
2月15日(月)きょうはキング牧師の記念日。午後、家内といっしょに近所のカトリック教会の近くまで散歩に行ったので、教会に寄ってみました。休日なのに、大勢の人が「告解」のため列を作っていました。「告解」は、今では「和解」(リコンシリエーション)と呼ばれています。プロテスタントの中には、さまざまな理由から、カトリックの「和解」に反対する人も多いのですが、では、自分たちはどれだけ、自分の罪を自覚し、それを告白し、赦しを切望し、きよめに向かって生きているかと問われると、そういう人は多くはないと思います。レントの期間、神との和解を得たいと列を作っている人々の姿に、呑気に散歩に来た自分を恥ずかしく感じました。私たちの教会で列ができるのはポットラックのときだけです。「教会で 列ができるの どんな時?」
2月16日(火)教会でも、個人の信仰でも大切なことは「御言葉」と「祈り」のふたつに集約できると思います。ところが、現代の教会では、この大切なことが大切にされていない、クリスチャンの関心事で無くなってきているということが問題なのだと思います。私が、カトリック教会の「祈り」に心を寄せるのは、プロテスタント教会にそれが見られなくなったからだろうと思います。「祈る人 聖堂(みとの)に満ちて 神共に」
2月17日(水)礼拝を閉じる前に、その後に続く食前の感謝の祈りを募ることがありますが、みな、なかなか応えてくれません。それなのに聖歌隊に入って前に立って歌うのが大丈夫な人までも、人前で祈るのが恥ずかしいのでしょうか。賛美は「祈り」だということが分かっていない、ふだん食前の感謝もしていないとしたら、クリスチャンとして恥ずかしいことだと思います。「おなさ子も 食前感謝 できるのに」
2月18日(木)また、他の活動のときはすこし時間がすぎても気にしない人たちが、御言葉の学びが長くなると、そわそわして帰りたがるということもあります。礼拝のメッセージや聖書の学びの時間が「長い」という不満はあっても、「短い」という不満が起こらないのが不思議です。もちろん、無駄に長いのは論外ですが、御言葉に対しても「もっと」という求める思いが、現代のクリスチャンに与えられるよう、心から願います。「この願い かなえられるは いつの日か」
2月19日(金)きょう、前回から一ヶ月ぶりの幼児クラスをしました。新しい人も加えられて、ひさしぶりの集まりの楽しく持つことができました。ちょうど、この日、仕事が休みになった人も手伝いに来てくれ、とても助かりました。「教会に またも子どもの 歌う声」
2月20日(土)毎週、日曜日の準備を早く済ませ、土曜日の夜は、できるだけ、静かに過ごし、早く休むようにしたいと思いながら、できないときがあります。それができない時というのは「忙しかった」というよりは、生活のリズムが乱れた時であることが多いように思います。リズムを崩さないよう、その日のことをその日に終えるようにしたいと思います。「生活も リズムに乗れば うまくいく」
2月21日(日)きょうの礼拝も、午後からの月例のミーティングも、とても人がすくない日となりました。礼拝出席が20人台のときもあれば、40人台のときもあって、とてもムラがあります。もっと安定するようにと願っています。「礼拝は 嬉しい義務と 学びたい」
2月22日(月)待望の雨が降りました。今年の冬は、暖かいのはいいのですが、雨がすくなく、だいぶ地面が渇いているので、雨が欲しいと思っていたところです。「たましいの 渇きを癒やす 天の雨」
2月23日(火)日曜日に暖房が回らなくなり、きのう修理を頼んだのですが、また回らなくなってしまいました。それでもういちど修理に来てもらうことになり、今朝、やっと復旧しました。でも、まだ音がうるさいので、もう少し静かにならないかどうか、もういちど見てもらおうと思っています。「暖房が 壊れてわかる ありがたさ」
2月24日(水)きのう、雨の中、床屋に行ってきました。「雨なのによしたら」と家内に言われましたが、「雨だから空いていていいんだよ」と言って、出かけました。雨のせいばかりでなく、私が行ったのは閉店間際でしたので、他のお客さんはだれもいませんでした。どうやら、私が最後の客だったようです。「ひとりじめ 気分良くして 町床屋」
2月25日(木)きょうは、朝食をぬいて半年に一度の身体検査に行ってきました。いつものように EGK と血液、尿検査を受けて帰ってきました。結果は一週間後になります。「断食で 霊の検査も 受けようよ」
2月26日(金)私たちの選挙区の下院議員に新人を押している人がいて、その人と電話で話しました。まずは、政党で推薦されなければならず、その「予備選」がもうすぐ行われます。大統領候補の予備選だけでなく、下院議員の予備選も大切で、忘れてはいけないことだと思いました。「誰がなる 国のリーダー 町の声」
2月27日(土)今年になってから、礼拝メッセージの英語訳もウェブページに載せています。それで、英語のチェックの仕事も増えました。英語のチェックといっても、英語そのもののチェックはできませんので、メッセージの意図が伝わっているかどうかだけのチェックです。少しでも正確に伝えられるようにと願って、この仕事をしています。「この英語 通じるのかと 悩みつつ」
2月28日(日)きょうは、なんだかとても疲れた日曜日でした。家に帰ってからも礼拝メッセージのアップロードがありますが、コンピュータの前にずっといるのはよくないので、家内といっしょに散歩にいきました。大勢の人が同じように散歩をしていました。「疲れても 外に出ようよ 癒される」
2月29日(月)きょうは4年に一度しかやってこない「2月29日」です。きょう生まれた人は誕生日が4年に一度しかやってこないので、いつまでも若くいられるかもしれません。「うるう年 おまけの日をば 無駄にして」
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