USA Diary

June, 2017

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6月25日(日)礼拝でコワイヤが讃美歌90番を歌いました。「ここもかみのみくになれば」の訳詞に、私は、信仰を持ったときからずっと違和感がありました。原詩では“This is my Father's world.”で、被造物世界のことを言っているのですが、「かみのみくに」と歌うと、「神の御国」(the Kingdom of God)を連想させてしまうからです。それで聖歌650番では「父の神の庭の中で 神につくられた物の声が」と訳しています。新生讃美歌124番では「この世はみな神の世界」でした。スライドには新生讃美歌の訳詞と英語とを映しました。「讃美歌は 言葉大事に 歌うもの」
6月24日(土)夜中に強い雨が降り、朝まで続きました。それで天気予報をチェックしようとしたのですが、私の使っているサイトに不具合があって見られませんでした。広告を非表示にするために、少額ですが、ちゃんと料金を払っているのに、このサイトは時々うまく表示されないときがあります。夕方、確かめたときは直っていました。火曜日までは雨がなさそうです。「使いたい 時に使えぬ このサイト」
6月23日(金)娘をクリニックに連れていったのですが、ここの待合室では WiFi が使えたので、コンピュータで仕事ができて重宝しました。もっともコンピュータを持ち込んできたのは私だけでしたが、空港や飛行機の中では大勢の人たちがラップトップを使っています。プライベートなことは携帯電話でやっており、ラップトップを使っている人は仕事のためで、見るからにビジネスをやっている人のようです。「ワイファイで 待合室も オフィスに」
6月22日(木)日本で中学生のプロ棋士が連勝を続けているというので、ちょっとした将棋ブームになっているそうです。こどもたちがコンピュータ・ゲームから離れて将棋盤に向かうのもいいことだと思います。そういえば、アメリカに来てからは、ずっと、実際の将棋盤や駒を見ていません。こどものころ将棋で遊びましたから、駒の動かし方は覚えていますが、実際に将棋をさせるかどうか、自信はありません。「夕涼み 将棋合戦 思い出す」
6月21日(水)きょうは夏至、一年で昼の時間がいちばん長くなる日です。私が使っているカレンダーでは“Summer begins”とありました。家から教会に向かう道はまっすぐ西に向かっているので、夕方祈り会に出かけるときには、いつもまぶしくて運転しずらいのですが、きょうは、それほどでもありませんでした。でも、これから日が短くなりはじめると、またまぶしくなります。注意して運転したいと思います。「夏至冬至 季節はめぐる この地でも」
6月20日(火)6月6日、17歳の少年が親知らずを抜くために麻酔を受けましたが、麻酔から醒めることなく、6月15日、亡くなりました。彼、オースティン・シルヴィア君はレイク・ハイランズ・ハイスクールの学生でした。ダラス市にありますが、リチャードソンの学校区にある学校区なので、とても身近に感じました。彼が歯科医のところに行く数時間前に書いた日記が公開されていますが、それはピリピ4章を読んで教えられたことが書かれていました。若い人の純粋な信仰を見ることができました。「短くも 神に任せて 一生を」
6月19日(月)日本でもファイヤーアントが見つかったというので、ニュースになっています。攻撃的で、噛まれるととても痛く、広範囲に腫れあがり、なかなか腫れがひきません。アレルギーショックで死にいたるときもあるので、たかが蟻といって軽く見てはいけません。テキサスにはファイヤーアントがいっぱいいて、わたしも庭仕事のたびに巣を踏んでは噛まれています。せっせと駆除剤を撒いていますが、なかなかいなくなりません。「傷絶えず 虫に好かれる この私」
6月18日(日)アメリカ海軍の船がコンテナ船と衝突し、七人もの死者が出ました。戦時でもないのに、こうした事故で兵士が亡くなるのは、とても残念なことです。遠い地にわが子や夫を送り出していた家族の悲しみを思うと胸が痛みます。「涙出る 若い兵士の 写真見て」
6月17日(土)暑い日ですが、まだサイクリングに出かける人がいて、朝、ほんの数人の小さなグループですが、自転車の列に遭いました。わたしたちの町にはサイクリングを楽しむ道があちらこちらにあり、よく整備されています。「若夫婦 赤ちゃん載せて バイクこぐ」
6月16日(金)日本の国会が、さまざまな疑惑を残したまま閉会しました。首相は疑問に答えるよりは、逆ギレして質問者に攻撃的な言葉を浴びせたりしていました。彼は大統領と仲良しなのですが、そういうところまで似る必要はないと思います。「謙遜に 勝る徳なし 御前には」
6月15日(木)“Hillbilly Elegy”が翻訳されて日本でも読まれているようです。日本では世界中の、とくにアメリカでのベストセラーがすぐに翻訳され、出版されます。英語の本を読まなくても日本語で間に合うため、日本人はなかなか英語が上達しないのかもしれません。「本読まぬ 世代のあとに 何が来る」
6月14日(水)祈り会で詩篇119篇を8節づつ読んできて、あと少しを残すまでになりました。「御言葉」を歌ったこの詩篇を通して、自分の人生における「御言葉」の意味を考えることができ、幸いな時を持っています。キリスト者のひとりひとりがもっと「御言葉」に向き合うことができたら、世界は大きく変わるだろうと思います。「みことばの 味わい見つけ 幸を得る」
6月13日(火)日本のはがき料金が 62円に値上がりするそうです。こちらでは、はがきはほとんど使いませんが、34セントです。定形の封書は、日本では 25グラム以内で 82円、50グラムまでなら 92円ですが、こちらでは 1オンスまで 49セント、2オンスが 70セントですから、こちらのほうが安いと思います。ただ国際郵便は日本の EMS も、こちらのプライオリティもあまり値段はかわりません。プライオリティ(フラットレート)で書類を送る場合、30ドル95セントします。ただ、アメリカのいいところは、Forever スタンプの場合、郵便料金があがっても、その切手が将来にわたって使うことができるということです。封書が 60セントになったとしても、49セントのときに買ってあった切手のまま、追加の切手をはらなくても、手紙を出すことができるのは、とてもありがたい制度だと思います。「メールでは 届けられない ものがある」
6月12日(月)以前は、郵便が午前中に配達されていたのですが、このごろは、日によって午後6時近くになります。きょうも郵便の配達が遅かったのですが、IRS からの書類がまだでした。それで、午後6時にフィラデルフィアのオフィスに電話しました。フィラデルフィアでは午後7時になります。つながるかどうか心配したのですが、この時間でもつながり、「きょう書類が出来て送った」との返事をもらいました。書類ができるまで時間がかかりましたが、ひと安心しました。「伸びた首 少し縮んだ 電話口」
6月11日(日)きょうは今年の卒業生のお祝いをしましたが、三人いる卒業生のひとりしか礼拝に出られませんでした。昨年にくらべすこしさみしい感じがしましたが、きょう出られなかったふたりにも、それぞれがカードに寄せ書きして送りました。「卒業生 それぞれの道 踏み出して」
6月10日(土)雨が続いたためバックヤードに大きなきのこが、によきによきと現われました。食べたらおいしそうな色や形をしていますが、リスも食べないようなので、きっと毒があるのでしょう。あとで抜いておくつもりです。「雨後に出る きのこもジャンボ テキサスは」
6月9日(金)予報では雨の確立は低かったのですが、きょう夜半から静かな雨が降りました。木や草がとても生き生きしてきました。でも背が高くなるばかりで、枝を切るのがどんどんむずかしくなっていきます。「庭の木は 手が届くうち 愛でるだけ」
6月8日(木)家庭集会では、旧約の過越と新約の十字架とを比較して学びました。再臨のことも話題に出ました。再臨は将来のことで、これから何が起こるのかは興味深いことですし、黙示録の研究も「謎解き」の楽しみがあるのかもしれませんが、私にとっては、黙示録からは再臨のスケジュールよりも、再臨に備える信仰の訓練のほうが大切なように思えます。聖書の研究は、理論をこねくりまわすよりも、それによって神に近づき、人々に仕える力となってはじめて意味があるように思います。「迷っても 帰るところは 十字架よ」
6月7日(水)ガレージの入り口に三年前からつけていたフォトセルを内蔵した電球形の蛍光灯が、寿命なのでしょうか、切れてしまいました。そのとき余分に買ってあったものがあったので、それと取り換えました。ホームデポで調べてみると、LED で同じタイプのものがあることが分かりました。次にとりかえるときは、LED にしたいと思います。我が家の電球もかなり LED になりましたが、まだ全部ではありません。「これからは 寿命競争 エルイーデー」
6月6日(火)今度の日曜日は「三位一体主日」。このあとは「三位一体後」の主日となり、教会暦の前半が終わりました。三位一体後、待降節までの礼拝メッセージを考案中です。「御言葉を 紐解く我に 導きを」
6月5日(月)今月は1日からきょうまで連続して雨が降りました。気温が上がると少しムシムシします。テキサスらしくない気候です。雨も毎日でなく、分散して降ってくれると助かるのですが、そういうわけにはいきません。「願っても 雨は気ままに 降り続く」
6月4日(日)夕礼拝では「ノヴェナ」で黙想した御霊の実のひとつひとつから証しをしてもらいました。今回、英語の「ノヴェナ」を準備しなかったにもかかわらず、英語を話す人たちからの証しのほうが多くありました。「御言葉の黙想」やそれを表現することは、日本のクリスチャンには難しいのでしょうか。もしそうだとしたら、これは大きな課題です。神の言葉は、牧師の説教をとうしてばかりでなく、信徒の証しによっても語られなければならないと、私は信じています。聖霊に満たされた教会は同時に御言葉に満たされた教会でもあると思っています。「満たされよ 御言葉・祈り 聖霊に」
6月3日(土)今回の礼拝メッセージの英語訳は私がひとりでやったので、ネィティヴの方に添削してもらいました。校正モードのファイルで返してくれたので、英語の良い勉強になりました。「丁寧な 校正返り 明日を待つ」
6月2日(金)きょう不思議なことが起こりました。ある人とあるお店で会って話しをしていたのですが、突然そこが停電になりました。ちょうど雷雨だったため、その地域全体が停電なのかと思ったら、そうではなく、その店だけの問題だったようで、店の外に出ると、駐車場の照明はついていました。停電のため、早くそこを立ち去らなければならなくなり、長い時間は話せませんでしたが、店内に流れる音楽も消え、静かになり、少し暗くはありましたが、かえって落ち着いて話ができて、良かったと思いました。「あの場所で このタイミング 不思議だな」
6月1日(木)IRS からの書類を待っているのですが、6月になってもまだ届かずにいます。それが来れば、日本に提出する書類が全部そろうので、首を長くして待っています。「ぼくの首 かなり伸びたよ 早くして」
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