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その二(11〜17)はこちら


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中尾牧師へのインタビュー・その一

1996年に、教会のニュースレターに連載しました「中尾牧師へのインタビュー」を一挙掲載します。



牧師へのインタビュー…はじまり!はじまり!―中尾牧師へのインタビュー(1)

 ―中尾先生、日語部だよりでは、今年「中尾牧師への突撃インタビュー!何でも聞いちゃおう」という企画を立てました。本当に何でも聞いちゃいますから、よろしくお願いします。

 <牧師>なんだか過激なタイトルですね。まあ、お手柔らかにお願いします。

 ―まず手始めに、先生がアメリカにおいでになったきっかけからお聞きしていいですか。

 <牧師>それは、1989年にダラスに留学に来た時からはじまります。日本での牧会も、伝道所を建てるところまで祝福され、一段落したところで、将来のため、アメリカで学びたいと、家族と一緒に来ました。その時はダラスに日本語教会があることすら知らないでいました。ここに来たら、アメリカの教会に行くものと思っていました。ところが、私たちを空港に迎えに来てくださったのが、日本語教会の牧師だったのです。それで、日本語教会に行くことになりました。

 ―義理があったのですね。その教会はどんな教会でしたか。

 <牧師>そこは、皆さんもご存知の宝田豊先生が開拓なさった教会で、その時は5年しかたっておらず、まだまだ人数も少なく、アメリカの教会のサンデースクールの教室を借りていました。

 ―建て物がないというのは、不便なことで、いろいろな活動も制約されるでしょう?

 <牧師>私たちの教団でも、他の教会の建て物や公共の施設、あるいはホテルを借りて集会をしている教会、伝道所がありますが、なかなか大変なことです。一世、二世の方々が残してくださった現在の建て物を、本当に感謝して、私たちも次の世代に、必要な設備を残してあげたいですね。

 ―そこでのクリスチャンの交わりはどうでしたか。

 <牧師>日本の教会で訓練を受けたご夫妻がいて、他にもこちらで信仰に導かれた家族が2、3あって、お互いに家族同士の交わりをして、助けあっていました。私たちもその仲間に入れていただき、多くの面で励まされ、助けられました。やはり、教会の鍵はクリスチャン・ホームにあるように思います。



ノース・テキサス日本語バプテスト教会牧師・宝田 豊先生。先生はテキサスをはじめとして、オクラホマ、ニューメキシコなど各地で、日本語集会を指導しておられます。その伝道ぶりは、南バプテストのサンデースクールの教材に「現在のサーキット・プリーチャー」としてとりあげられたほどです。



テキサスの教会から学んだこと―中尾牧師へのインタビュー(2)

 ―ダラス、あるいはテキサスの教会はどんなふうでしたか。

 <牧師>私は、日本で教会成長の学びをしていて、書物に書かれていることが、実際にはどうなんだろうと確かめたくて、アメリカに学びにきました。ダラス、テキサスを選んだのは、この地方がアメリカのバイブル・ベルトと言われる地域で、教会のさかんなところだと聞いていたからです。

 ―実際にはどうでしたか。

 <牧師>期待は裏切られませんでした。日本語教会の先生の許可を得て、月に1、2度はいろいろな教会の礼拝、夕拝に出席しました。どこも、すこし遅れていくと車をとめるのが大変なほど、多くの人が集まっていました。どこでも、グリーターが気持ちよく歓迎してくださり、子供たちをサンデースクールのクラス・ルームまで案内してくれます。礼拝では、みんなが声をそろえて賛美し、どのメッセージもキリストの恵みを明確に語り、日々の生活にチャレンジを与えるものでした。

 ―カリフォルニアではTシャツにジーンズといった服装で礼拝に来る人が多いようですが、テキサスでは、きちんとスーツを着て来るんでしょうね。

 <牧師>テキサスも夏は暑いですから、普段はTシャツ姿ですが、礼拝には、みなきちんとした服装をしてきます。子供たちにもサンデードレスを着せますし…。

 ―私たちにもドレス・コードが必要でしょうか。

 <牧師>規則を作るだけでは、良くならないでしょうね。それよりも、きよい神様の前に出るのだという思いと、他の人に奉仕するという気持ちを養うのが先でしょう。その思いがあれば、服装はおのずと整えられるはずです。テキサスの教会では、礼拝はエンタティメントではなく、聖なるお方に賛美、栄誉をささげるものというスピリットが感じられました。それにどこも伝道的で、出席したほとんどの教会から、月曜日には電話があったり、訪問にきてくださったり、子供たちにもサンデースクールの先生から手紙が来ました。また、ヴィジター・エリヤに車を置いておくと、ワイパーに、歓迎のフライヤーなどがはさまれていました。こうしたアイデアの背後に伝道の熱心や魂への愛を感じることができました。




日本に帰ってから―中尾牧師へのインタビュー(3)

 ―それで、学びを終えられてすぐサンディエゴにいらっしゃったのですか。

 <牧師>いいえ、1990年の夏に日本に帰りました。ダラスで日本語教会に行き、いくつかの日本人のグループに接して、アメリカでの日本人伝道に目が開かれたわけですが、それが、自分に対する使命であると確信するには至りませんでした。とにかく、日本に帰り、主の導きを待つことにしました。

 ―日本ではどこか働くところがあったのですか。

 <牧師>いいえ、働くところどころか、住むところもなかったのです。しかし、家内の弟がその時ちょうど東京に単身赴任で来ていました。とりあえずはそのアパートにやっかいになることになりました。すると、東京のある教会から、そこの牧師が急に辞めたので次の牧師が来るまでそこで働いてくれないかと頼まれたのです。

 ―そうですか。神様の備えですね。

 <牧師>しかも、その話を持ってきてくださった牧師が、私の神学校時代の先輩で、その教会の役員が、家内の知り合いだったのです。おまけに、その教会は、子供が通うクリスチャン・アカデミーの沿線上にあったので、その役員は、私のことを良く知らなかったのに、私たちを信用して、ぜひぜひと招いてくださいました。そして、その教会に移る日が、ちょうどアメリカから送った荷物が日本に着く時だったのです。

 ―その教会でのご奉仕はいかがでしたか。

 <牧師>さまざまな問題に悩まされ、群れが散りかけていましたし、牧師に対する不信感もありました。人間的には難しいこともありましたが、私たちはすべての人に主のしもべとしてふるまうよう務めました。特別なことはしませんでしたが、すぐにメンバーの方々から受け入れられ、近所の方々にも喜んでもらえるようになりました。また、新潟の友人たちからお米を送っていただいたりして、生活も支えられました。私たちも教会も、とても楽しい時をすごしましたが、やがて次の牧師が来ることになり、私たちはまた次のステップに進むことになったのです。

 ―それがアメリカへの道だったわけですね。

 <牧師>そのことは、また次回に。




サンディエゴに導かれるまで―中尾牧師へのインタビュー(4)

 ―この前は、東京の教会でのご奉仕のところまで、お伺いしましたが、その後のことを聞かせてください。

 <牧師>実は、私のレジメがこちらに来ていまして、ホーリネス教団が日語牧師をちょうど必要としていた時で、その書類が目に留まったのです。当時の常務書記の細見先生から、教団への応募用紙が届き、それを返送して、主の導きを待つことにしました。いよいよ東京の教会での任期も終わろうとしていたある日の祈り会で、みんなが、私たちの今後の働き場のために祈ってくださっていました。ちょうどその祈りが終わった時、細見先生から電話があり、とにかくインタビューに来なさい、ということになったのです。それは1991年3月の終わりごろ、インタビューは4月の初めでした。

 ―その時から5年になりますね。先生がホーリネス教団を選んだ理由は何ですか。

 <牧師>私が教団を選んだのではなく、教団が私を選んでくれたのです。そのことを光栄に思っています。ホーリネス教団が聖書信仰に立つ教団であること、日語伝道に力を入れていることが素晴らしいと思いました。

 ―インタビューから渡米までの間、行くところがあったのですか。

 <牧師>新潟のバイブル・キャンプ場が、ちょうど春のキャンプが終わったところで、夏のキャンプが始まるまで、その施設のひとつをお借りしました。いろいろ不便もありましたが、お風呂を直していただいたり、車を無料で貸してくださったり、多くの方々からお世話になりました。

 ―永住ビザの申請なんて大変じゃなかったんですか。

 <牧師>家族4人分の書類を整え、大使館と連絡をとり、警察に行き、病院に行き、大変な思いをしました。7月の20日過ぎには夏のキャンプがはじまるので、私たちはそこを出なければなりません。ちょうどその時にビザが発行されることになり、午後からキャンプがはじまるその日の朝に、アメリカ宛ての荷物を送り出し、私たちもビザを受け取り、サンディエゴに発つため、東京に向ったのです。神様は、私たちにいつも、制限時間ギリギリでお答えになるんです。神様は私たちを待たせられますが、絶対遅くなったことはありませんでした。




サンディエゴ教会の印象―中尾牧師へのインタビュー(5)

 ―はじめてサンディエゴ教会に来た時の印象はどうでしたか。

 <牧師>サンディエゴ空港におりたった時、日語部、英語部の方々が"Welcome, Eev. Nakao and the Family"というバーナーをもって迎えに来てくださいました。ほんとうに温かい教会だなと思いました。

 ―先生、これは「突撃インタビュー」なんですから、ちょっと言いにくいこともホンネでお願いしますよ。

 <牧師>そうですね。インタビューに来た時、ある姉妹から「先生は信徒の話しを聞いてくれますか」と言われました。その時はドキッとしました。サンディエゴ教会は、ここの気候のように温かい教会なんですが、何かつまづきがあるのかなと思いました。

 ―先生がいつかの礼拝で、「ホノルルの教会は教団で一番『元気のある教会』だそうですが、サンディエゴは教団で一番『温かい教会』にしたい」と言われたのを覚えていますよ。

 <牧師>冷たいから暖かくしたいというのでなく、もともと温かい教会だから、もっとそうしたいという意味です。そのためには、まず、牧師、信徒の間に良いコミュニケーションを持ちたいと願ってきました。

 ―でも、先生。温かいというのは「なまぬるい」ということにつながっていきませんか。

 <牧師>なかなか厳しい指摘ですね。たしかに、真理について、私たちは妥協してはなりません。「温かい」というのは、だらしなくて、適当で、人間的(肉的)に居心地が良いということではありません。本当に「温かい教会」は、むしろ厳しい教会かもしれませんね。そして、主への愛、祈り、伝道の思いに熱く燃えているところから暖かさが出てくるのでしょうね。

 ―「冷たい」とか「温かい」とかは個人の主観で、みな、自分を尺度にして考えるので、混乱がおきるのではありませんか。

 <牧師>確かにそうでしょうね。みんながみことばをしっかり学んで、みことばから教会とは何かということを学ぶ必要があります。そうすれば、自分に気にいるから「良い教会」、自分に気にいらなければ「悪い教会」というふうにはならなくなると思います。




みことばに立つ教会―中尾牧師へのインタビュー(6)

 ―もっと「温かい」教会にしたいというのが、先生がここに来られて抱かれたヴィジョンだったわけですが、他に、ここでご奉仕を始められた時に、サンディエゴ教会について持たれた願いがありましたか。

 <牧師>私は、教会のあり方について考える時、いつもエペソ4:11-16 を心に思いうかべます。ここに「愛にあって真理を語り」とありますように、教会が愛に生かされたものになるためには、堅く真理に立たなければならないと思っています。愛と真理は矛盾するものではありません。1.コリント13:6に「愛は…真理を喜ぶ」とあるじゃありませんか。

 ―私たちは「愛」というと、真理に対していいかげんになりがちですし、「真理」をかかげると、その真理で人を切りつけてしまうことがありますからね。

 <牧師>私たちにとっての真理は聖書です。私たちの教会が今までもみことばに堅く立ってきたように、これからも、みことばに立つ教会であってほしいと願っています。残念ながら、すべての教会が聖書を神のことばとして信じ、学び、実践しているわけではないからです。

 ―私たちは、先生が聖書を神のことばとして語ってくださるので、ありがたく思っています。先生、これからも頑張ってください。

 <牧師>ちょっと待ってください。そう言ってくださるのは有り難いのですが、「みことばに立つ」というのは、牧師が聖書信仰を守るというだけで、できるものではありません。それは、教会につらなるひとりびとりが自分の救いをみことばから確信し、みことばによって信仰を育て、みことばに従って生きることを意味します。聖書は神のことばとして語られるだけでなく、聞かれ、実行されなければならないのです。

 ―そうですね。反省します。

 <牧師>そのために、礼拝だけでなく、礼拝後のバイブル・クラス、礼拝前の早天祈祷会、水曜、木曜の祈り会、地区祈り会、その他の学びの機会に出席されることをお勧めします。みことばによって、私たちの物の考え方や感じ方ばかりでなく、私たちの人格や品性、態度や生活が神様のみこころにそって変えられていきます。そのことをみんなに体験して欲しいのです。




説教の聞き方―中尾牧師へのインタビュー(7)

 ―「みことばに立つ教会」ということに関連して、先生の、説教についての考え方について、お話ししていただけませんか。

 <牧師>説教とは、説教者個人の意見発表の場ではなく、聖書を「解き明かす」ことにあると信じています。説教者は、みことばのしもべなんです。牧師の黒いローブは、人と違った格好をして目立つため身につけるんじゃないんですよ。それには、みことばの僕として、「黒子(くろこ)」になるという意味があるのです。

 ―先生が、聖書を連続してお話しになるのは、そのためですか。

 <牧師>そうです。説教者は、聖書のあちらこちらを好みにまかせてピックアップするのでなく、教会の必要を見極めて、計画的に、聖書の真理の全体を解き明かさなければなりません。説教を聞く人も、同じであって欲しいですね。礼拝では「ローマ人の手紙」からはじめて「ガラテヤ人への手紙」まで、祈り会では「創世記」から「民数記」まで来ました。私の説教は連続していますので、途中で休まないように、スキップしないように聞いてください。

 ―他に、説教を聞くうえで大切なことは何ですか。

 <牧師>説教は、単なる聖書の説明ではありません。例話や体験談、そしてチャレンジがあります。けれども一番大切なのは、知的に理解できた説明でも、おもしろい例話でも、心あたたまるお話しでもなく、最終的にはそこで神様と出会うことです。神の愛のもとに思い煩いをゆだねること、キリストの恵みを知って自分をささげること、聖霊に心照らされて真実な悔い改めに導かれることなのです。

 ―それに、説教は自分のこととして聞かなければなりませんよね。

 <牧師>「先生、今日のお話しはとっても良かったですよ。わたしの主人に聞かせたかったですよ」とおっしゃる方がありますが、神のことばは、自分のために聞かなければなりません。私たちが聖書に向かう時には、自分の知恵や力で聖書を探究してやろうというのでなく、聖書によって自分の心が、生活を探っていただくという謙虚な姿勢が必要ではないでしょうか。




ケミストリーのある教会―中尾牧師へのインタビュー(8)

 ―サンディエゴ教会がみことばに立つ教会になるようにとの先生の熱意が良く分かりました。他に、先生がサンディエゴ教会について願っていらっしゃること、そうですね、たとえば、教会のアドミニストレーションの面などでは、どんなことがありますか。

 <牧師>教会の中心は霊的な交わりですが、それを育てていくためには、きちんとしたアドミニストレーションが必要です。教会の活動や奉仕が良くコーディネイトされていること、時間が守られていること、建物が整えられていること、教会の財政が健全に運営されていること、こうしたことが基礎にあって、はじめて、伝道や教育、礼拝などの教会の使命を果たすことができるのです。霊的なことばかりでなく、実際的なことも強調されなければなりません。

 ―それに、コミュニケーションも大切ですね。

 <牧師>私たちの教会は二つの言葉が行き交っていますので、コミュニケーションには気をつかいます。でも私が体験したのは、言葉とか文化とかの違いでコミュニケーションがうまく行かないというよりは、連絡を忘れるとか、締切りを守らないとか、なすべき報告をしないとかいう単純な不注意から来ているのです。そういうことを無くしていくだけでも随分良くなると思います。

 ―奉仕とか、組織とかいう面ではどうですか。

 <牧師>私は、教会のすべての働きは、チーム・ワークだと信じています。神のための働きというものは、ひとりふたりの抜きん出た人によってではなく、みんなが力を合わせてなし遂げられるものだと思っています。ひとりひとりの力は小さくても、それがしっかりと結びつけられると、何倍にもなって働くのです。二人が力を合わせると2倍の力でなく、4倍の力になって働くようなものです。

 ―二つの薬品がまざって化学反応を起こすようなものですね。

 <牧師>実際、チームワークの良いスポーツのグループに対して「あそこにはケミストリーがある」と言いますよね。私たちも、ひとりふたりの人の奉仕におぶさってしまったり、いくつもの奉仕をひとりじめしてしまったりすることなく、互いに仕えあって行きたいですね。




Pastor on the Net―中尾牧師へのインタビュー(9)

 ―コミュニケーションということに関連してですが、この間の教団総会で、各教会が今年10月までインターネットにアクセスできるようにというレコメンデーションがあったようですが。

 <牧師>教団には、戦前から出ている『霊聲』という伝統ある機関紙がありますが、ここ数年休刊で、大変残念です。以前は『教団ニュース』などもあったのですが…。今回コミュニケーションの改善のため、インターネットをということになったわけです。

 ―でも、インターネットって、コンピューターが必要でしょう。何だか面倒みたいですが。

 <牧師>私も、自分のコンピューターにモデム(通信のための部品)を取りつける時苦労しましたが、最近のコンピューターには、ほとんどモデムやインターネットにアクセスするためのソフト・ウェアがついて来ます。スイッチを入れて、画面をクリックするだけで、インターネットに入ることができるようになりました。

 ―教会が利用できる情報がたくさんありますか。

 <牧師>クリスチャンのホーム・ページがたくさんあります。日本の教会や神学校も続々とインターネットに参入してきています。くわしいことは、私のホーム・ページをご覧ください。

 ―中尾先生のホーム・ページってあるんですか。

 <牧師>ネットスケープなどのソフト・ウェアでopen locationのところにhttp://home.fia.net/〜nakao と記入すると、見ることができます。はじめたばかりで制作中のページもたくさんありますが、これから充実させていきたいと思いますので、時々のぞいてみてください。

 ―でも、インターネットでコミュニケーションのすべてが解決するわけではないでしょう。

 <牧師>インターネットは情報を伝える手段であって、情報そのものは人間が集め、整理しなければなりません。便利さにおぼれてはいけないと思います。ファックスが入って、いつでもすぐ文書を送れるからと、ラスト・ミニッツの仕事が多くなったような気がします。「情報過」の時代に、伝えるべき情報をしっかり持ち、福音の良きコミュニケーターになるよう努力しなければ、メディアの波に流されるだけになってしまいます。



コミュニケーションの原則―中尾牧師へのインタビュー(10)

 ―先生のホーム・ページを見ましたよ。宇佐神先生との進化論についての対談、良かったですよ。それに、ロスアンゼスル教会やホイッテヤ教会からのリアル・タイムのニュースも載っていて、さすがにインターネットの威力だなと思いました。

 <牧師>教会のページは教会のホーム・ページに、教団日語部のページは教団のページにいずれは移して、もっと、私個人の聖書研究のページを増やしていきたいと思っています。

 ―教会のホーム・ページにはどうやってアクセスするのですか。

 <牧師>http://members.aol.com/sdjcc/でアクセスできます。今のところ英語だけですが、ボランティアを得て、日本語のページも作りたいと思っています。

 ―楽しみですね。ところで、前回はコミュニケーションについてのお話しでしたが、より良いコミュニケーションのためにどんなことが必要だと思いますか。

 <牧師>私はいつも、ロゴス、エソス、パソスということを心掛けています。

 ―それって何のことですか。

 <牧師>ギリシャの哲学者が言ったことで、ロゴスというのは「論理」、エソスというのは「倫理」、パソスというのは「情熱」です。まず、理屈が通っていなければ、話しは伝わりません。コミュニケーションには筋道が必要です。次に、いくら立派なことを言っても、話し手の人格や行動に問題があれば誰も聞いてくれません。特に福音の真理は、人格から人格に伝えられるものですから、正しい内容と共に、それを語る人の正しい生活が求められるのです。最後に必要なのが、情熱です。相手に伝えたいという熱意がなければ、どんな正しい人が正しい話しをしても、相手には届かないのです。

 ―口を開く時には、「それは本当か」「親切か」「必要か」と考えなさいと教わったことがあります。

 <牧師>それもいいポイントです。特に、最後の「必要か」という問いは大切です。私たちは言わなければならないことを話さなくて失敗するよりも、言わなくてもいいことを口に出して失敗することのほうが多いですからね。