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Philip の ちょっといい話

『ダ・ヴィンチ・コード』の「事実」と「虚構」(その1)

 数年前、小説『ダ・ヴィンチ・コード』がベストセラーとなりましたが、今、また映画になり、話題を呼んでいます。作者のダン・ブラウンはこの小説の冒頭に「この小説における芸術作品、建築物、文書、秘密儀式に関する記述は、すべて事実に基づいている。」と書いていますが、このことばはほんとうではありません。

 この物語の中で、女性の暗号解読官ソフィー・ヌヴーはルーヴル美術館の「岩窟の聖母」という絵を盾にして銃撃をまぬかれるのですが、この絵は高さ6.5フィート、重さは300ポンド近くあり、とても女性が軽々と扱えるものではありません。また、小説の最後に出てくるスコットランドのロスリン・チャペルの床には「ダビデの星」はなく、これは作者の創作です。「死海写本」や「ナグ・ハマディ文書」などについての言及があり、これらがキリストは神ではないということをサポートしているというのですが、「死海写本」はユダヤ教の一派、クムラン宗団の文書であり、「ナグ・ハマディ文書」はグノーシス主義という神秘思想の書物で、初代教会の信仰を表すものではありません。ナグ・ハマディ文書には、確かに新約聖書とは違った福音書が含まれているのですが、それらは、外典、あるいは偽典と呼ばれ、初代教会は、最初からそれらを聖書とは区別していました。コンスタンチィヌス帝が325年のニカイア会議で、今日の聖書を作ったというのは、事実ではありません。それに、「八十もの福音書を含む秘密文書があった。」と言われていますが、ダン・ブラウンは、外典・偽典が「アポクリファ」(隠されたもの)と呼ばれたのを取り違えて「秘密文書」と呼んだのでしょう。アポクリファは、秘密文書などではなく、初代教会の時代から一般に流布しており、初代教会の指導者、教父たちは、そこから引用して、それに反論しています。新約関連の外典・偽典は全部で93あり、ほとんどが翻訳され、誰でも読むことができます。それに、外典・偽典の中で「福音書」と呼ばれるものは20しかなく、ダン・ブラウンが「八十もの福音書」と言ったのは、主な外典・偽典の総数と取り違えたものと思われます。

 シオン修道会の総長にはダ・ウィンチやニュートンらがいたと言うのですが、じつは、「シオン修道会」というのは、ピエール・プランタードという男が詐欺を働くために作った団体で、自分たちの団体を権威づけるため架空の物語を作り、それをパリの国会図書館などに寄贈したのです。その物語に基づいて書かれたのが1982年、英国で出版された『レンヌ=ル=シャトーの謎』という本で、ブラウンの小説はこの物語を借りています。彼の説は、古代の文書や歴史からのものではなく、フイクションから取られたものにすぎないのです。プランタードはシオン修道会の歴代総長に著名人の名を勝手に書き連ねましたが、1993年の裁判で、彼はそうしたものはすべて捏造したものだと告白しています。

 このように、ブラウンの小説の芸術作品、建築物、文書、秘密儀式に関する記述は決して事実に基づいたものではなく、フィクションです。「すべて事実に基づいている。」とのことばもまた、フィクションのことばとして読まなければならないのです。(つづく)

(2006年6月)

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