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Philip の ちょっといい話

ほんとうの新しさ

 新年明けましておめでとうございます。2001年、21世紀の幕開けを、皆さんはどのようにお迎えになりましたか。お正月と言っても、アメリカの New Year's Day はたったの一日だけで、2日から学校や仕事が始まり、日本のお正月のような情緒はあまりありませんね。それでも、テレビでフットボール観戦などをしながら、のんびりと骨休めができた方も多いと思います。

 私が子どもの頃、元旦に目が覚めると、枕元に、まだセロファンの袋に入った新しい下着が置いてあって、まだ固くてからだになじまない新しいものを身につけて「新年」を体験しました。お正月には普段食べられないご馳走があり、普段の何倍ものお小遣いをお年玉としてもらえました。お正月は、確かにスペッシャルでした。しかし、このごろはみんなが豊かになり、毎日がお正月のような生活が出来るようになり、お正月を特別な日として感じなくなってきたようです。「新年」と言っても、ただ暦が変っただけで、何も新しいことはないではないかと思う人々が多くなったと思います。

 聖書の「伝道者の書」という書物に「昔あったものは、これからもあり、昔起こったことは、これからも起こる。日の下には新しいものは一つもない」(伝道者の書一章九節)と書かれています。こう言っている「伝道者」は、その時代の最高の知恵者、哲学者で、人間が到達できる最高の知恵、知識をもって人生を探求した結論を語っているのです。確かに人間の目で見る限り、世の中に新しいものはありません。人は生まれたとたんに老化現象が始まり、古びていき、死に向かう空しい存在ということになります。

 しかし、聖書の教えるまことの神、永遠の神は変ることがなく、古びることのないお方です。神はいのちと新しさに満ちあふれています。人間の側からは何の新しいものも出てこなくても、神は私たちを新しくすることができるのです。聖書は「ですから、私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています」(コリント第二四章十六節)「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました」(コリント人への手紙第二、五章十七節)と、キリストを通して与えられる新しさを教えています。キリストによって新しい心、新しい生活、新しい目的、新しい命が与えられると約束されているのです。

 この新年に、あなたも、神から来る新しさを追い求め、ご自分のものにしてみませんか。

(2001年1月)

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