列王記第二1章 アハブの子、アハズヤは病気になった時、エクロンの神バアル・ゼブブに伺いをたてました。「バアル・ゼブブ」(はえの主)というのは「バアル・ゼブル」(高きところの主)をもじってつけた名です。この名は新約では「ベルゼルブ」(悪霊のかしら)となります(マタイ12:24-29)。偶像そのものは実体のないものですが、その背後にあるのは悪霊であり、偶像礼拝するものは悪霊とかかわりを持つのです(コリント第一10:19-21)。 もどる

列王記第二2章 イスラエルではヨラムが王となったころ、エリシャが預言者として活躍を始めます。列王記は王たちの業績よりも預言者たちの働きをより多く書き記しています。エリヤやエリシャのほうがイスラエルの王たちよりも王者らしく描かれています。エリヤは天の戦車に乗り、凱旋将軍のように天にのぼり、エリシャも次つぎと奇蹟を行っていきます。神は、神のしもべに王者としての栄誉を与えてくださいます。 もどる

列王記第二3章 アハズヤに代わってイスラエルの王となったヨラムがイスラエルの王となった時モアブがイスラエルに背いたので、ユダの王ヨシャパテとエドムの王とで、モアブに戦いをしかけることになりました。三人の王はエドムの荒野で水がなくなった時、預言者エリシャの預言によって水を得ます。エドムはこの水に日の光が反射しているのを見て、三人の王が同士撃ちをしたのだと思い込んでしまいます。神の与えたものは、神を信じる者には助けとなっても、神に敵対するものには、かえって災いをもたらすものになることがあるのです。 もどる

列王記第二4章 預言者仲間の妻が、エリシャのことばのとおりに油の壷を傾けると、油は尽きることなく流れ出しました。しかし、その油を入れる器がなくなった時、油は止まりました。神の恵みは無尽蔵に流れ出ているのですが、人間の側の、それを受け止める信仰の器が小さいために、神の恵みの豊かさを十分に味わっていないことがあります。信仰の器を大きくしたいものです。 もどる

列王記第二5章 エリシャは、アラムの将軍ナアマンのらい病をいやしましたが、「主は生きておられる」と言ってナアマンからの贈り物を辞退しました。ところが、エリシャのしもべ、ゲハジは「主は生きておられる」と言って、ナアマンの後を追い、贈り物をせびりました。ゲハジは貪欲の罪ばかりでなく、主の御名をみだりに唱えるという罪も犯したのです。 もどる

列王記第二6章 アラムの王は預言者エリシャひとりを捕まえるのに、大軍を送りこんでいます。エリシャが持っている神の力の大きさを、イスラエルの王は認めなかったのに、アラムの王は知っていたのです。エリシャのしもべは、アラムの軍勢だけを見て、エリシャを守っている主の軍勢を見ることができませんでした。私たちも、目に見える敵や困難だけを見ることなく、神の守りをしっかりと見つめていましょう。 もどる

列王記第二7章 食糧や武具を置いて逃げ出したアラムの陣営に入ったらい病人たちは、手当たりしだいに食べ物や金銀をむさぼりましたが、やがて、「私たちのしていることは正しくない」と気付きます。イスラエルが救われた「良い知らせ」を、一人占めしていることは罪なのです。私たちもキリストの救いの福音(良い知らせ)を人々に伝えましょう。 もどる

列王記第二8章 ユダの王ヨラムも、イスラエルの王と同じようにバアル崇拝に走りました。それは「アハブの娘が彼の妻であったから」(18節)です。イスラエルとユダは婚姻関係によって友好な関係を持ちました。しかし、それが神にさからうものであるなら、政治的友好関係も本当の意味で国民に平和を与えることはできないのです。 もどる

列王記第二9章 エフーはアハブの子ヨラムをナボテの地所で殺した後、アハブの妻で、イスラエルに対して大きな影響力を持っていたイゼベルを殺しました。イゼベルは王妃、また王母として権力をほしいままにしていましたが、ついにその最後の時が来たのです。エフーは、イゼベルの死の様子を聞いて、神のことばが成就したことを知ります。神のことばはそれをあなどる者たちのうえにかならず成就するのです。 もどる

列王記第二10章 エフーはアハブの家を絶やし、バアルの信者たちを殺し、バアルの宮を壊してそれを厠にしました。彼は主に対する熱心を示しましたが、彼自身は「主の律法に歩もうと心がけ」ませんでした(31節)。力で悪をねじ伏せても、主を愛し、主のことばを守るのでなければ、国を正しく導くことはできないのです。エフーもまた、みこころにそわない歩みをしました。 もどる

列王記第二11章 エフーは、ヨラムと親戚関係にあったユダの王アハズヤをも亡き者にしたので、アハズヤの母アタルヤはイスラエルの王オムリの孫娘(列王第二8:26)で、ユダに偶像を持ちこんだばかりか、アハズヤの死後、嫁ぎ先の王の一族を殺して自らが女王となりました。しかし、神はダビデの家系を絶やさないため、ヨアシュを残して置かれました。神は、いつの時代にも正しい者を残していてくださるのです。 もどる

列王記第二12章 ヨアシュはわずか7歳で王となったため祭司エホヤダが後見人となって彼を教えました。それでヨアシュは主に従い、彼は「主の目にかなうことを行い」(12:2)ました。ソロモン以来百年以上経ていたんでいた神殿を修復したのも彼でした。しかし、彼が従順であったのは「祭司エホヤダが彼を教えた間だけ」でした。人に強いられただけで、自ら行うのでないことは長くは続きません。 もどる

列王記第二13章 イスラエルの王は主の目に悪を行いましたが、それでも王が主に願うと、主はイスラエルを助けました(4節)。それは神が「アブラハム、イサク、ヤコブとの契約のために」イスラエルを顧みてくださったからです。神は、人が神の契約に不忠実であったとしても、ご自身の契約に忠実に行動してくださるのです。 もどる

列王記第二14章 それまでアラムに領土を削りとられていたイスラエルは、ヤロブアム(二世)の時代にイスラエルは領土を回復しました。しかし、聖書はヤロブアムの政治的手腕をほめることをせず、彼を「悪い王」としています。ヤロブアムの成功は、彼の力によってではなく、主がイエスラエルの滅びるのを望まれなかった、主のあわれみによったのです(27節)。神は神に逆らう者をも、神のあわれみの器として用いて、その愛の大きさを示してくださっています。 もどる

列王記第二15章 イスラエルでは、短い期間に次つぎと王が替わりました。しかもそれは謀反によるものでした。リーダーシップがおとろえる時、国は乱れ、ついに他の国に侵されるようになります。神から離れた国の末路がここに見えています。 もどる

列王記第二16章 ユダの王たちは、曲がりなりにも主に従いましたが、アハズは偶像礼拝にふけり、カナンの神々だけでは足らず、ダマスコで見たアラム人の祭壇さえも作り、それを主の祭壇ととりかえました。偶像を入れるだけでなく、主に属するものを取り除いたのです。真理を捨てて、偽りと取り換える人間の愚かさがこの章には描かれています。 もどる

列王記第二17章 ホセアが王であった時、イスラエルはアッシリヤに滅ぼされました。聖書は北王国滅亡の原因について「彼らは主のおきてと、彼らの先祖たちと結ばれた主の契約と、彼らに与えられた主の警告とをさげすみ、むなしいものに従って歩んだので、自分たちもむなしいものとなり」(15節)と書いています。むなしいものに従えばむなしくなり、確かなものに従えば確かなものになります。私たちも何に従い歩んでいるかをふりかえりましょう。 もどる

列王記第二18章 北王国を滅ぼしたアッシリヤ軍は、その勢いでユダに攻め込み、エルサレムを取り囲みました。アッシリヤの将軍ラブ・シャケが「布さらしの野への大路にある上の池の水道のそばに立った」(17節)というのは、アッシリヤが水源地をおさえたということを意味します。ラブ・シャケは「国々のすべての神のうち、だれが自分たちの国を私の手から救い出しただろうか」と脅迫しました。しかし、アッシリヤはやがて、イスラエルの神が他の神々とは違う、まことの神であることを知るようになるでしょう。 もどる

列王記第二19章 ヒゼキヤは、アッシリヤの王からの降伏を勧める手紙を主の前に持ち出して祈りました(14-19節)。苦しみや悩みは、信仰を持つ者を神に近づけ、祈りに導きます。この祈りの答えは預言者イザヤから与えられました。問題から逃げ出さず、あるがままで、神の前に出る時、神はそれに答えてくださるのです。 もどる

列王記第二20章 神はヒゼキヤの病気をいやし、彼になお15年の命を与えました。そのしるしとして、日時計を十度戻されました。これは、私たちの時が主の御手の中にあることを示しています。 もどる

列王記第二21章 マナセは先住民よりも主に忌み嫌われることをし、「罪のない者の血まで大量に流し」ました。主を信じる者たちを迫害したのでしょう。預言者イザヤはこの時、のこぎりでひかれ殺されたと伝えられています。しかし、マナセの罪は、彼の子アモンにその罪をならわせ、民にその行いをまねさせたことにあります。「マナセはユダに罪を犯させ」(16節)とある通りです。上に立つ者の罪は、その人の下にある人々に大きな影響を与えます。上に立つ者は自分の責任の重さを常に意識していなければなりません。 もどる

列王記第二22章 ヨシア王は神殿を修復し、そこからユダに信仰の復興が起こりました。今日では、神の家である教会が本来の姿に立ち返る時、神のことばをあるべき場所におくとき、信仰の復興(リバイバル)が起こることでしょう。 もどる

列王記第二23章 ヨシアは律法を聞くだけでなく実行する人でした。律法を読んで感動するだけ、現状を悲しむだけでなく、行動を起こしました。ヨシアは律法の言葉に従ってユダから偶像を取り除きましたが、取り除かれたもののリストは、逆に、ユダがどんなにひどく偶像に汚染されていたかを示すものとなっています。 もどる

列王記第二24章 ヨシアの改革はその子に引き継がれることなく、ユダは再び偶像に戻っていき、ついに国はバビロンに奪われてしまいました。紀元前597年3月15日のことです。これは、ユダが運悪く大国の餌食になったということではなく、神のさばきでした。神のことばから離れて、国が成り立たないことを聖書は教えています。 もどる

列王記第二25章 ユダの人々は神殿がユダにある限り、ユダは神殿によって守られると考えていましたが、その神殿も崩され、神殿の青銅などはバビロンに持っていかれました。神は目に見える神殿ではなく、神を信じ、神に従う、神の民の中に住まわれるのです。自らを神の宮とすることなしには、神の守りはありません。 もどる