列王記第一1章 ダビデの四男アドニヤは、将軍ヨアブと結託して、自らを王としました。それはアブシャロムと同じようにダビデが築き上げた王国を「盗む」ようなものでした。ダビデを忠実に支えてきた祭司ツアドクや預言者ナタン、それにダビデの勇士たちによってアドニヤの企ては阻止され、ソロモンが王となりました。どんなものも、正当な手段によって得なければその価値のないものとなってしまいます。神の国とその義とを第一に求めて励む私たちでありたいものです。 もどる

列王記第一2章 アドニヤの企みに加担したヨアブは、祭壇の角をつかんで命乞いをしましたが、罪人には祭壇も助命の保証にはなりません。彼が頼みとするその祭壇の角には「鉄の筆と金剛石のとがりで」彼の罪が刻まれているからです(エレミヤ17:1)。有能ではありましたが、横暴だったヨアブは、こうして、その生涯の最後にその報いを受けたのです。 もどる

列王記第一3章 ソロモンは神に長寿や富よりも知恵を願い求めました。知恵と知識とは違います。知恵とは、知識を有効に用いて、ものごとを正しく判断する能力のことです。昔の人々はわずかな知識でもそれを組み合わせて偉大なことをしてきました。現代の私たちは大量の知識を簡単に手に入れられるようになりましたが、それを正しく用いることができず、愚かな判断をくだしています。今日、求めるべきものは、神からの知恵です。 もどる

列王記第一4章 ソロモンは長寿や富を求めず知恵を求めましたが、長寿と富も知恵に添えて与えられました。知恵について「その右の手には長寿があり、その左の手には富と誉れがある」(箴言3:16)と言われている通りです。しかも、ソロモンひとりが富を独占したのでなく、国民ひとりびとりが裕福な生活を楽しむことができました。士師の時代にペリシテ人に食糧を奪われ飢えていた時代とは違って、ソロモンの時代には人々が十分に食べるだけの食糧があり、人々は「飲み食いして楽しんでいた」(20節)のです。 もどる

列王記第一5章 ソロモンの時代に神殿を建てることができたのは、イスラエルが豊かな国力を持っていたからばかりでなく、近隣諸国との平和があったからです。人間らしい生き方や、偉大な事業は、平和のうちに行われます。家庭に平和がなければ子どもは正しく育たず、人の心に平和がなければ、その人にどんなに能力があり、資質があったとしても、それが生かされることはないのです。 もどる

列王記第一6章 出エジプトの時作られた幕屋は幅10キュビト、長さ30キュビトでしたが、ソロモンの神殿は幅20キュビト、長さ60キュビトで、幕屋の四倍の大きさがありました。しかし、聖所や至聖所の比率は最初の幕屋の時とは変わっていません。至聖所は幅も長さも高さも20キュビトの正立方体で、神の完全性を表わしています。ヨハネの黙示録に描かれている神の都、新しいエルサレムも、長さも幅も高さも一万二千スタディオンの正立方体で、神が神の民とともにおられる祝福の完成が描かれています。 もどる

列王記第一7章 神殿のすべては、全く新しい材料で作られましたが、契約の箱だけは出エジプト以来のものがそのまま使われました。これは、時代が変わり、礼拝の様式が変わっても、神のことばは変わらないことを表わしています。宗教の世界では形式は残り、習慣は引き継がれても、内面の信仰が色あせたり、全く別のものに変わってしまうことは歴史が証明しています。しかし、主の宮である教会においては、表現は変わっても真理は変わってはならず、組織が変わっても献身は変わってはならないのです。 もどる

列王記第一8章 出エジプトの時、荒野の幕屋に主の栄光が満ちたように(出エジプト40:34-35)、ソロモンの建てた神殿にも主の栄光が満ちました。神は人の手で作ったものの中におさまることができないほど偉大なお方ですが、同時に、地上の小さなものの中にも栄光を表わしてくださるお方です。神を信じるひとりびとりも神の栄光を表わす宮となることができるというのは、なんという恵みでしょうか(コリント第一6:19)。 もどる

列王記第一9章 1節から9節は、ソロモンの祈り(8:15-53)への神からの答えです。神は「あなたがわたしの前で願った祈りと願いをわたしは聞いた」(3節)と言われます。祈りは人間から神への一方通行の語りかけではなく、神のことばによって語りかけ、祈りに答えてくださるのです。私たちは祈る時、神にむかって語ることだけに心を奪われないで、神からの答えを聞きとることにも心を向けましょう。神のことばである聖書を、そこに祈りの答えを見つけ出すことができるほどに読みましょう。 もどる

列王記第一10章 ソロモンはふたつの船団を持っており、そのひとつは「タルシュシュ」にまでも行きました。そこはヨナが神の命令を逃れて行こうとしたところで、南スペインにある港だと言われています。「この地のすべての民が御名を知り、あなたを恐れるようになり」「主こそ神であり、ほかに神はないことを知るようになる」ように(8:43,60)とソロモンは祈りましたが、ソロモンの船団は遠い国にまで神の御名をひろめるのに、訳だったようです。 もどる

列王記第一11章 ソロモンは政略のため外国から七百人の王妃を迎え、三百人のそばめを持ちました。「その妻たちが彼の心を転じた」(3節)のです。彼女たちがそれぞれ、外国の神々をイスラエルに持ち込み、ソモロンの心は神から離れ、アシュタロテ、ミルコム、ケモシュ、モレクなどの神々を礼拝するようになったのです。知恵を求め、それを与えられたはずのソロモンが、晩年にそれを失って、最も愚かなことをしたというのは、私たちに対する大きな警告です。 もどる

列王記第一12章 ソロモンの子レハブアムが王国を分裂させるようになったのは、長老たちの意見を斥け、若者たちの声だけに従ったからでした。年長者の意見がいつでも正しく、若者の意見がいつでも間違っているわけではありませんが、多くの場合、年長者の意見には経験にもとづいた知恵があります。レハブアムが年長者の意見を斥けたのは、ソロモンのように知恵を求める心がなかったからです。耳障りの良いことばだけを聞こうとしていると、私たちは本当の知恵を得ることができないでしまいます。 もどる

列王記第一13章 ユダから来た神の人がベテルの祭壇に向かって預言しました。イスラエルは南北に分かれていても、同じ神の民であって、預言者は国境を越えて遣わされていったのでした。ユダから来た人はベテルで「パンを食べてはならない。水も飲んではならない」(9節)と命じられていましたが、ベテルに住む老預言者がこの人をひきとめたため、彼は帰りの道でライオンにおそわれてしまいます。この出来事は、北王国にはヤロブアムの罪を批判するものがなかったばかりか、それに警鐘を鳴らす者さえもひきこんで滅ぼしてしまう体質があったことを示しています。底なし沼のような世に神のことばを語るには確かな決意が必要なのです。 もどる

列王記第一14章 預言者アヒヤは「あなたは…わたしをあなたのうしろに捨て去った」(9節)との神のことばをヤロブアムに告げています。ダビデが彼の前に主を置いたように(詩篇16:8)、主は常に私たちの前に置かれなければなりません。私たちがうしろに捨て去って良いのは、罪や古い生活、人間的な誇りなどです。使徒パウロがしたように(ピリピ3:8-9)、私たちも、それらのものを捨て、主を前に置いて歩みましょう。 もどる

列王記第一15章 北王国(イスラエル)の王位がヤロブアムの子ナダブの時に、ヤロブアム家に対して謀反を起こしたバシャの手に渡りましたが、南王国(ユダ)の王位はレハブアム、アビヤム、アサと、ダビデの子孫に引き継がれていきます。それはダビデへの神の約束のゆえであると共に、アサのように王母の偶像礼拝を許さないという主に対する誠実を貫いた王たちの信仰のゆえでもあったのです。 もどる

列王記第一16章 アサがユダを治めている間に、イスラエルでは次つぎと政変が起こり、オムリが敵対する者たちを制圧して王になり、サマリヤを首都としました。サマリヤは紀元前722年に滅ばされるまで約170年間イスラエルの首都でしたが、オムリの子アハブがバアル礼拝に専念し、サマリヤはバアル礼拝の中心地となったのです。 もどる

列王記第一17章 神はイスラエルの指導者たちに警告を与えました。ヤロブアムに対してはユダからの預言者が(13章)、彼の妻にはアヒヤが(14章)、バシャにはエフーが預言しました(16章)。アハブとイゼベルにもエリヤが神のことばを語りましたが、彼らはことごとく神のことばをしりぞけ、悔い改めの機会を無駄にしました。私たちも、神のことばを軽んじて神のあわれみを逃すことのないよう、心したいものです(ローマ2:4)。 もどる

列王記第一18章 エリヤはバアル崇拝の本山となっていたカルメル山にただひとりで向かい、バアルの預言者と対決しました。バアルの預言者たちは朝から真昼までバアルの名を呼びましたが、何の答えもありませんでした。そこでエリヤは、バアルは何かに夢中になっていておまえたちの声を聞き逃しているのか、席を外しているのか、旅に出ているのか、もしかしたら寝ているのかもしれないと言いました。それはエリヤの神が「まどろむこともなく、眠ることもない」(詩篇121:3-4)お方であることを、彼が知っていたからです。 もどる

列王記第一19章 カルメル山でのエリヤの勝利は全イスラエルを主への信仰にひきもどすことはできませんでした。「主こそ神です。」と熱狂した人々も王妃イゼベルを恐れてバアル礼拝に戻っていきました。エリヤは困難な使命に勇気を失いますが、ホレブ山(シナイ山)で神の声を聞き、バアルにひざをかがめぬ者が七千人いることを知り、次の世代へと希望を託します。エリシャがエリヤの後継者となり、信仰の戦いが続きます。 もどる

列王記第一20章 アハブ王は豊作をもたらすという農耕の神バアルとアシェラを崇拝しましたが、実際は干ばつとききんしかもたらしませんでした。主は、アハブの罪にもかかわらず、イスラエルをあわれんで雨を降らせてくださいました。これは、神こそあらゆる祝福のみなもと、そむいた者たちをも愛して悔い改めをうながす恵みのみなもとであることを示しています。 もどる

列王記第一21章 アハブ自身は気弱なところもあり、悪事を悔いる気持が少しはあったようです(25節)。しかし、「彼の妻イゼベルが彼をそそのかし」(25節)ため、アハブは悪事を重ねました。主の預言者を殺し、エリヤの命をねらい、ナボテを無実の罪で殺してそのぶどう畑を奪ったのはイゼベルでした。女性の与える影響力の大きさを心にとめたいものです。妻は気づかないうちにも夫に影響を与え、母親は知らず知らずのうちに子どもを形作っているのです。良い影響を与えられるよう、祈る必要があります。 もどる

列王記第一22章 イスラエルでアハブが王であった時、ユダではアサに代わってヨシャパテが王となりました。ヨシャパテとその子ヨラムはアハブ家と友好関係を持ちました。「悪い交わりは良い習慣を破壊する」(コリント第一15:33)とあるようにユダもアハブ家の影響を受けるようになります。 もどる